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ラベル(代表・田中景「老いた電池売りの独白」)が付いた投稿を表示しています

エピソード026 <二次電池無しでは暮らせないのに>

  何年か前、ある新聞社の女性記者が3日間「GAFA絶ち」をしてみて、文化的生活ができないどころか、あと少しで会社をクビになりそうになったという趣旨の体験記事を読んだことがあります。アイフォーン(Apple)はダメなのでガラケーにしたらLINEで連絡ができない。とりあえず電話で事件現場の住所だけ聞いて現地に向かおうとしてもマップ(Google )が使えない。地図を見ながら現場に着いたときには現場検証も終わった後で、完全に他紙に後れをとって・・・なかなかの経験のようでした。   では、二次電池(充電できる電池)を絶ったらどうなるのでしょう。GAFA絶ちといい勝負のなかなか不便な生活を強いられると思います。20XX年某月某日、日本政府は限りある二次電池資源を「戦略的主要産業」に集中させるため、 EV(電気自動車)と定置用蓄電用途以外への二次電池の使用を禁止する「二次電池規制法」を施行。違反すると罰則を科されることになった・・・という仮定のお話を考えてみましょう。 そんなバカな法律できるわけが無い・・・と思いますか。じゃ、これを読んでみてください。   蓄電池取組方針案概要(取組の対象範囲、対象内容等) ◆   対象となる品目 (取組方針案第3章第1節) ①蓄電池(車載用LIBまたは定置用LIBとして生産されるもの)     ・・・これは経済産業省の電池産業室から昨年12月に出された蓄電池安定供給確保のための「支援策のご紹介」の抜粋です。この支援策の対象が車載用と定置用に限定されちゃっているのでPCは?スマホは?電動工具は?と私は心配になるのです。そもそもこの「支援策のご紹介」を作った経産省の方もPCを使ったはずなんですけどね・・・ ともあれ、今日から「二次電池規制法」施行、二次電池を使えない生活が始まります。 朝起きる。スマホの目覚ましを使っている人はもうアウト。一次電池の目覚まし時計ならセーフ。歯磨きは電動ならアウト。ひげ剃りも電動はアウト。 出勤。自転車をお使いの方、アシスト自転車はダメ。自力でこいで行きましょう。自動車通勤の方、EVなら法律の主旨なので当然OKですが、ガソリン車は「審議」です。エンジンをスタートするのに鉛電池が使われていますから「二次電池規制法」施行後、裁判所がどういう判例を出すかによります。エンジンをかける目的ならOKだが電池を放電させるエアコン

エピソード025 <電池と言語 ~ 展示会で思ったこと>

コロナによる「何でも禁止」状態が少し緩み、 久しぶりに展示会に出展することができました。 東京ビッグサイト「国際二次電池展 <Battery Japan>」です。 展示会は気分が高揚します。 今回はどんな人と出会うことができるか、 どんなビジネスのヒントを得ることができるか・・・ ブースに立ち寄ってくれた方、 立っている方とすぐに話ができる展示会は私の性格に合っているの だと思います。 いつもアメリカ時代の話しで恐縮ですが、 英語で話しかけられることが怖くなくなってきたころは、 展示会で自社ブースに立てるのがうれしくてワクワクしていました 。当時は文字通りBattery Japan(二次電池の世界シェアはほぼ日本の独占状態だった) でしたので、 日本人と電池の話しをしたいアメリカ人は大勢いました。 とは言え、 英語は話せても高度な技術的な質問には答えられないので、 日本から技術者に来て貰うこともありました。彼らの説明を、 私の通訳で聞いてくれるアメリカ人は真剣で、 こっちも緊張の連続です。知らない単語が出る。訳が詰まる。 技術者とアメリカ人両方の「頼むよ」 という視線を浴びながら冷や汗をかく・・・ ポケトークはおろか電子辞書さえなかった時代ですからスリリング そのものです。打ち合わせ前日は、たとえば「 セルに密着したブレーカーが摂氏45度で開き、 それによって充電が止まります」とか、 予想される質問に対する説明を英語で練習しました。待てよ、 摂氏で言ってもアメリカ人は分からないぞ。摂氏45 度って華氏では何度だったっけ・・・ スマホもネットさえありませんから英和辞書のお尻の「摂氏・ 華氏換算チャート」を使います。 当時は自分ながらよくやっているな、 と思って準備していましたが、 今考えるとこれぐらいフツーですよね。 でも、私がいなければこの二人の会話は成立しない、 と思うのは特別な感覚です。 正確に伝えないとビジネスが成り立たない。 アメリカ人が質問をする。訳す。私が技術者の説明を聞き終わり、 アメリカ人に向き直る。 彼はもどかしそうに私の訳説を待っている。今、 国際的なビジネスに関われている。そのとき、私が「 コミュニケーションのカギ」を握っていると感じたものです。 話しは変わりますが、 私は日本の展示会のあり方はもったいないと思っています。 たとえば、 ブースに

エピソード024 <ミスターE>

 Exaggerator( イグジャッジレーター ) という言葉があります。 誇張するヤツとか大げさなヤツとかいう意味。これを言われたら「 おまえ、大げさだなあ」と言うことです。ほら「 100万倍おいしい」とか「死ぬほど面倒くさい」とかいう人、 いるでしょう? ・・・1989年、 私はアメリカに赴任し、ストロボ( 暗いところで写真が撮れるようにカメラに取り付ける照明装置。 一瞬だけ強力に光る)を販売する仕事をしていました。 デジタルカメラはまだ発売前で、 フィルムカメラでの夜間撮影にはストロボは必須でした。 われわれは世界3 大ストロボメーカーの一つでしたが、アメリカ進出が遅く、 他の2社を追いかける立場。そんな中、 他の2社に差をつけられていたのが「修理・サービス」です。 故障したストロボを修理・ 返送するのが遅くてしょっちゅうクレームを受けていました。 こういう評判はボディブロウのように売り上げに影響します。 私はこれを改善しないと占有率は上げられないと考え、 原因を調査しました。すると原因は単純でしたが、 改善はとてつもなく困難・・・ ストロボはコンデンサという部品に電池から電気を送り込み、 エネルギーを貯め、シャッターを押すと放電して光る、 という仕組み。このコンデンサには寿命があり、 特に高温で使われると壊れやすくなります。 ですからサービス部門にはいつも修理交換用のコンデンサが準備さ れていないといけません。が、本社はもともと商社で、 ストロボメーカーを買収したばかり。 メーカーのマインドが全くなかったのです。「 タダで部品を送れって?なんでだよ??」という感じ。 1989年の話しですから通信はFaxです。 事務所はアメリカ東海岸、日本との時差は13時間。 夕方Faxを送ると翌朝回答のFaxが届きます。 だから毎晩のように「修理用コンデンサを送ってください」 というFaxを送るのですが、他のことには回答が来ても、 これに対する回答は皆無。 全く興味を持ってもらえません。そこで私は一計を案じました。 ・・・本社貿易部○○様、至急のお願いです。プロ用ストロボ< 型名○○>の交換用コンデンサを今週中に発送してください。 当方、 ニューヨークタイムスのカメラマンから修理依頼を受けており○ 月○日までに完工・納品しないと取材に影響が出るとのことです。 同紙とは関係

エピソード023 <会議が嫌い>

  私は生来おしゃべりで、報告書を書いたり読んだりするよりも、 集まって会議をして決める方が好きでした。ところが、最近この「 会議」が嫌いになってきて困っています。 ようやく対面での会議が増えてきて直接会うことができるようにな ったのに、 会議の予定が入るとちょっと気分が重くなることがあります。 なぜ、「最近」会議がいやになってきたのでしょう。 以前と何が変わったのか。今日はそのあたりを考えてみます。 まず思い浮かぶのが、最近の会議ではみんなPC を持って会議室に入り、電源を確保し、 会議スタート前にモニターを立てます。 まるでパソコン教室のようで・・・異様です。 テクノロジーの進化だから慣れないといけない、とも思いますが、 私が本当に困っているのは「目が合わない」ということなんです。 アイコンタクトがあれば、 その人が賛成っぽいのか反対ぎみなのか観察しながら言葉を選ぶこ とができますが、 それができないと感情のない言葉をただ読み上げるだけのような発 言になり、まるで国会答弁ですね。今の時代、 PCを会議室に持ち込むなとは言いませんが、発言するとき・ 聞くときは顔を上げていてほしい。 そうでないと会議の秩序が保てない・・・ 議事をタイプしている人は発言と作業が同期していますが、 たまにいませんか、 会議とは全然関係ないパソコン作業をしているミエミエな人。 もう自分の作業に没頭してしまっていて顔をモニターから上げませ ん。会議中にメールでやりとりをしていることを隠すこともなく、 隣の同僚を肘でつついて自分のモニターを見せながら「 こんな注文が来ちゃったよ」と言った確信犯を私は見 ました。 こういう人がいると会議がいやになっても仕方ないですよね。 PCの次はスマホ。 昔はこいつめに会議を邪魔されることがありませんでしたね。 なんか懐かしいです。とにかく、会議中に着信があった場合は、 受信しないで後でコールバックするべきです。 目の前の会議メンバーは時間を合わせて集まってくれたメンバーで あり、 中には遠方からそのために来訪された方も含まれている場合もあり ます。社内も社外も関係ありません。 たまたまその時間に電話をかけてきた方と、 目の前に集まってくれたメンバーのどちらを優先すべきかは自明で す。だから会議中の着信に、 口元を手で覆ってヒソヒソ声で「今、 会議中なんでこ

エピソード022 <営業のエッセンス>

以前、親しくして貰っていた大手電池メーカーの幹部氏はたびたび「ウチは技術職を中心に採用する。技術職はツブして営業にすることができるが、逆はできない」と言って、営業しかしたことのない私のココロを何度も引き裂いてくれました。でも、 そのように考えている人は今でも日本中のメーカーにたくさんおられるようです。 営業職の皆さん、悔しいじゃありませんか。 でも、皆さんの方も技術職などの専門的な教育を受けた人たちに対して過剰なコンプレックスを持っていませんか?ある部品商社の営業の方は、 その方が聞いてきた要求スペックが電気的におかしかったので確認したところ「でも、技術者に聞いてきた数値だから間違いないはず」とこっちが間違っているようなことを言います。後々分かったのはこの「技術者」は機構設計がご専門で、電気的なことはほとんど知見が無い方だったのですが、 この営業マンにとっては「技術職が言うこと」は絶対なのでした。「専門職としての営業」にプライドが無いと、盲目的に「技術は絶対」と思ってしまう。そうだと「営業は技術職をツブして」なんて言われてもしょうがないですよね。ときに「自分はどうせ営業なんで」と卑下したり自虐的になっているわが同業者諸君、 今回は「営業のエッセンス」についてのお話です。もちろん私が考えついたオリジナルではありません。約30年前、アメリカ時代に出会った優秀な営業マンに教えられたことです。 英語が半人前でアメリカの商習慣も知らず、一人で商談に行くことができなかった私を、 このヘンリーという営業マンは私の電池の知識を重宝してくれて、いろいろなところに説明員として同行させてくれました。そして、語彙の乏しい私の英語の説明を補足してくれるだけでなく、旅先のホテルのバーで、飛行機で、クルマで、会社の向かいのコーヒーパーラーで、 アメリカで営業(Marketing)としてやっていくには、という視点でいろんなことを教えてくれたのです。 まずその一、「営業のエッセンスとは」・・・自分(ヘンリー)は大学でMarketingの専門教育を受けた。おまえ(田中)にはその機会がなかった。 しかしおまえには一番大事な(電池に関する)知識がある。あとはアメリカの商慣習が分かれば大丈夫。大学では需要喚起策とか広告効果とか難しいことを教わったが、そんなものが役に立つのはマクドナルドかキャンベルに就職した

エピソード021 <らんばあ>

8歳で東京から転校した東北の田舎の小学校は「別の国」でした。 昭和40年、この地方では今ほど「標準語」 が市民権を得ておらず、標準語は国語の教科書の中の言葉で、 会話はこの地方特有の方言でされていました。 だからしばらくの間私は誰とも会話が続かず、 かなりの割合で学校の先生の話も理解できませんでした。 そんな私に方言を教えてくれたのが「らんばあ」です。 いつも下校ルートの雑貨屋の奥の座敷に腰掛けてお茶を飲んでいて 「アキラちゃん、今帰りだがぁ?母さんはどしてるのぉ?」 東京から転校してきた私が珍しかったのか、 よく声をかけてくれるのでした。 らんばあ・・・当時70歳ぐらいのおばあさんで名字は桜庭さん。 桜庭のばあさんだかららんばあ。 戦争でご主人を亡くし子供もなく、遺族年金で暮らしていました。 いつも地味な着物を着て、 草履を履いて前屈みでスタスタと町中を歩き回ります。 家族のいない彼女があり余る時間でやっていたのが「世話焼き」・ ・・今で言うマッチメーキングです。 彼女の世話焼きで特筆すべきは、 徹底した家庭環境のリサーチです。両方の家の舅(しゅうと)姑( しゅうとめ)の性格や財産の多寡、 親戚にヤクザがいないかなどなどをあちこちで聞き取りをするので す。 それは今なら完全に行き過ぎの調査方法でした。 その上おしゃべり。 ですかららんばあを疎ましく思っていた人もたくさんいました。 現に私の母は、 私が学校帰りにらんばあと話をしていることを知ると「 家の中のことをぺらぺらしゃべったりするな」 と厳しく叱責しました。母は離婚していたので、 そのあたりのゴタゴタを話題にされるのがいやだったのでしょう。 が、私はらんばあとウマが合いました。 雑貨屋の座敷で毎日開かれている お茶っこ飲み (おばさん、 おばあさんが数人集まってお茶を飲みながらとりとめの無い話をす る集まり。 大抵真ん中にどんぶり大盛りの白菜漬けが置かれている) に学校帰りの私を招き入れ「きょうはどんた話だばいい( きょうはどんな話をしようか)?」 と方言のレッスンが始まります。 方言を方言で説明するので一筋縄ではいかないのですが「 教えたい」と「覚えたい」 という共通のベクトルでなんとかなります。 たまにらんばあから「これ、東京の言葉で何て言うの?」 という逆質問があったりして、 私たちは仲良しになっていき

エピソード020 <何を読まされているのか>

以前は、新聞の主要6紙のうちどれをとっているかで、 その方の考え方がだいたい分かると言われていました。 リベラルな記事が好きな方は朝日・毎日・東京新聞、 保守層は読売・産経新聞の記事が読みやすいのでしょう( 日経については後述します)。 スポーツ新聞も阪神ファンはデイリー、 巨人ファンは報知と決まっています。 ところが、今、「紙の新聞」をとっている家庭が非常に少ない。 ニュースはもっぱらスマホ。 そうするとニュースの見出しで読みたいニュースを拾い出して読む ことになりますが、 見出しだけ見てもその記事が何新聞の記事なのか分かりません。 それどころかネットニュースには新聞だけでなく大小様々なメディ アの記事も同列に掲載されるので、 記事を開いて出典を確認してもそのメディアのポジションが分から ないことも多いですね。 「紙の新聞」では、 当たり前ですが読んでいる時点で何新聞を読んでいるのか分かって いるわけですから、 たとえば国会論戦の記事を朝日新聞で読んでいるなら野党側に寄っ ているだろうし、産経新聞なら多分政府側だろうから、 読者がそれぞれのニュアンスを割引き・ 割増しして理解を調整することができるわけです。しかし、 私もスマホニュースには毎日お世話になっているのですが、 その記事をだれがどんな立場で書いたものなのか、 結局分らないということもよくあります。 これだとどこまで客観的な記事なのかの判断ができません。 さらに私が危険だと思うのは、 スマホのニュースは(たぶん)AIが判断して私が「 興味を持ちそうな」「読みたそうな」 情報を重点的にリストしてくることです。試しに、今、 私のスマホでニュースを見てみるとワールドカップの日本チームへ の賞賛と、旧統一教会糾弾のニュースが非常に多い。 日本チームへの批判的な記事とか、 旧統一教会擁護の記事は見当たりません。 そしてそれはそんなニュースが本当に無いのか、 それとも私のスマホでは(私のスマホだから)見られないのか・・ ・それを確認する方法はあるのでしょうか。 それに対して「紙の新聞」は、印刷物ですので私が「 読みたそうな」記事ばかりではありません。 私が読みたくないような記事・・・戦争の残虐行為の描写とか、 わが愛するベイスターズが逆転負けしたとか・・・ も同一紙面ですから読みたくなくても見出しが目に入ってしまいま

エピソード019  <ニッケル水素>

こんなにリチウムイオン電池が足りない、 高くなったとあちこちで悲鳴が上がっているのに、 どうしてニッケル水素電池を見直す気運が高まらないのか・・・ 不思議です。 私が電池業界に飛び込んだ1984年当時、 代表的な二次電池は鉛電池とニッケルカドミウム電池(ニカド) だけでした。今の「ビデオカメラ」は「 カメラ一体型ビデオデッキ」という長ったらしい名前でしたが、 1本60グラムのニカド電池が10本使われて(つまり、 セルだけで600グラム)いました。今、 ふつうに買えるビデオカメラは本体重量が300グラム程度です。 電池はあきれるほどデカくて重かったのです。 だから90年代にニッケル水素電池が登場してきたときはセンセー ショナルでした。このときまで鉛電池が「旧」、 ニカドが「新」だったところに「最新」 として颯爽と登場したニッケル水素は、重量容量密度( 同じ重さならどちらが容量があるか)、体積容量密度( 同じ大きさならどちらが容量があるか) とも従来のニカド電池を30%以上うわ回り、 携帯電話やPCの通話/仕事時間を大幅に伸ばしました。 しかし絶頂期は10年ほどで、 すぐにリチウムイオン電池に主役の座を奪われてしまいます。 容量密度がさらに大きく、高電圧で、最大の弱点のメモリー効果( 次項で説明)も無いので「継ぎ足し充電」 が可能なリチウムイオンは「さらに最新」として普及し、 発明者がノーベル化学賞を受賞したのはご存じの通りです。 メモリー効果・・・ 100分の放電が可能な電池を何回か50分で放電停止/ 充電することを繰り返すと、まるで電池が記憶(メモリー) しているかのように50分しか放電できなくなってしまう現象。 100分の走行能力があるアシスト自転車で「25分通勤・ 25分退勤・充電」 を繰り返していると50分でメモリー効果がおき、 週末ちょっと遠出をしても50分で放電が止まってしまう。 余談ですが・・・新型コロナが拡大する前、 弊社は18時退勤でしたが、 今は通勤ラッシュを避けるためコアタイムを15: 00としています。先日、お客様が関西からご来訪になったおり、 ウチの担当が電話口で「え、17時から打ち合わせですか?」 と悲鳴を上げておりました。コイツ、15: 00で放電終止のクセがついている・・・私は「 キミはメモリー効果か? たまにはしっかり終止電圧まで放電

エピソード018 <評価とは>

私が20代前半のころ勤めていた家電量販店では、私たち店員に「 ナントカ売り場」と呼ぶことを禁じていて、 テレビフロアとか冷蔵庫フロアと呼ばせていました。 そこはお客様がお買い物をしてくださる場所であって「売り場」 というのはお客様に失礼である、という考え方です。 「買い場」ではおかしいからフロア。 昭和っぽい教訓的な言葉遊びと思われるかもしれませんが、 当時の私に、 何気ない慣用的な言葉遣いが礼節を欠いているものもある、 ということを考えさせてくれました。 40年経った今でも覚えているのですから印象が強かったのでしょ う。 いまだにデパートで「・・・○○売り場までお越しください」 というアナウンスが流れると少し違和感があります。 「供給」 という言葉にも似たような違和感を覚えることがあります。 「○○社には弊社がセルを供給しています」 とそのセルを作っている電池メーカーの方がおっしゃるのは「 売り場」のときと同じような一種の傲慢さを感じるのです。 新聞が「A社がB社にセルを供給している」 というのは思考停止の新聞用語でどうしようもありませんが、 少なくとも売っている当事者が言う場合は「 採用していただいている」「お使いいただいている」 あたりが妥当な表現ではないでしょうか。 英語のSupplyの訳として使っているのでしょうが、 Supplyには「対価をともなう」 というニュアンスが強くあり(Supply Chainという言葉があるぐらいですからね)ますが、 それに対して日本語の「供給」はソナエ・ タマウですから元々はおカネの匂いはしなかった言葉だったはずで す。おカネをいただいておいて「供給」って何だよ、 と私は思うのです。 では、「評価する」と言う言葉はどうでしょう? エラそうな響きがありますよね。 政治家が別の政治家の発言に対して「一定の評価をする」 なんて言うのは、キミよりボクの方が上の立場だよ、 と言っているのでしょうね。先生が生徒を、面接官が応募者を、 バイヤーが見積もりを評価する・・・いつも「評価する」方が「 評価される」方より立場が上ですから。 ・・・だから私は、来年から私どもが始める新規事業( エピソード 017参照 )を「評価事業」と呼びたくなかったのです。 それどころか、私としてはいろんなメーカーさんがご苦労されて、 おカネをかけ、リスクをとって

エピソード017 <I.C.E.ラボ開業>

今回はいつものような読み物ではなく、弊社の新規事業について説明させていただきます。二次電池の事業にあまり関心のない皆さんには退屈なものだと思いますので、そういう方は今号はスキップしてください。 弊社は2023年1月にフューロジックI.C.E.ラボでの「二次電池の評価・検査事業」をスタートします。I.C.E.はInspection(検査)Cycle(充放電)Evaluation(評価)の頭文字です。なぜ今、商社である弊社がなぜ評価の事業を始めるのか、 今号ではその周辺を説明させていただきます。 ご存じの通り、リチウムイオン電池の需要は世界中で沸騰しています。その中心がEV(電気自動車)用で、2020年の全世界の出荷金額ベースでは全体5.9兆円の54%、 2021年は全体8.4兆円の58%がEV向けだとされています。業界全体の伸びは1年間で142%という爆発的なもので、かつEV用が占める割合が増加しているわけです。 ではEVはどのぐらいのリチウムイオン電池を使うのか・・・少々乱暴な言い方になりますが、 EV1台あたりスマホの5千倍から1万倍の電池を使うと考えるとわかりやすいと思います。これを電池メーカーの視点から見ると、スマホ100万台分の電池を生産するのとEV100~200台分のそれとは同じ規模であり、 スマホとEVの成長性を考えるとどうしてもEVに事業を傾注させたいということになります。なにせ2030年や2035年にガソリン車の販売を禁止する法律が世界中で作られ、EV1.5億台時代が来るのですから当然と言えます。 これに対して、 弊社の主戦場である「小型リチウムイオン電池」は登場してから約30年。PCやスマホ、電動工具用に使われ続けてきて価格も相当叩かれてしまっています。その結果、利益も出にくく、大手の電池メーカーにとって重要事業ではなくなっているのかも知れません。事実、 ソニーや日立グループは小型イオン電池の事業を切り離してしまいましたし、韓国勢も急速にEVシフトしています。しかし、そんな中でも月に300個とか年に1000個とか非常に数量の小さなデマンドにお応えする必要があるのです。 「消費数量が小さな事業」と「社会的重要度が低い事業」は同義ではありません。10年ほど前、こんなことがありました。 そのころ、私はある医療器メーカーと「ICU(緊急治療室)での酸素マス

エピソード016  <タケちゃんの思い出>

「社員の給料に困って、カードローンで借金して給料を払ったことがあったなあ。今思い出すとよくあの時代を乗り切ったなあと思うよ。でもキビしいのはカードローンでカネを借りたことよりも、そのことを誰にも言えなかったことだね。 取引先の耳に入ったら信用なくしちゃうし、社員が知ったら辞めちゃうだろうし。孤独だったなあ」 私が起業したばかりの頃、ある先輩経営者に焼鳥屋でこんな話を聞きました。そうだろうなあと思いながらも、その時は社員を雇う(お給料を払う)予定が無かったので、漠然と相づちを打っているだけでした。 「田中さん、セミの羽はなぜ半透明か知っていますか」新大久保の行きつけの居酒屋で、タケちゃんがニコニコ笑いながら話しかけてきます。当時、もうタケちゃんは80歳ちかくで、小柄で銀色に近い白髪をきちっと七三に分けたかわいいジイサンでした。「分かりません。 僕はそういうアカデミックなクイズは苦手で」と言うと、タケちゃんは「あれはね、セミヌードっていうことでね」と自分で大笑いしています。その時の私はそんな話につきあっている精神状態ではなく、迷惑そうな顔をしてしまったのかもしれません。タケちゃんは「ははは、 これは失礼しました」と言ってほかの常連と話をし始めました。 この時弊社はすでに創業7年目、おかげさまで売り上げが1億円を超え、社員も二人採用することができて、私はお給料を払う立場になっていました。以前は当たり前のように25日に給料をいただいていたのですが、 いただくのと払うのでは大違いです。25日が近づくと何ともいえないプレッシャーを感じるようになって、行きつけの居酒屋で焼酎を飲みながらため息をつくことが多くなりました。あの先輩経営者の「孤独だったなあ」の意味がつくづく分かります。 それでもその後もおかげさまでビジネスは拡大し、 売り上げも増えていきました。するとどうしても運転資金が足りなくなります。弊社の場合は納期の長い製品を扱っているので、資金繰り表はきちんとつけていましたが、この年の秋、台風で香港発の船の出航が大幅に遅れ、このままでは2ヶ月後に確実に資金ショートするという大ピンチが来てしまいました。 仕入れ先は海外企業なので「待って」と言える相手ではありません。早めのお支払いをお願いするにしてもお客様の方も今月は資金が大変だと言っていたし、新規融資と言っても・・・と、くだんの

エピソード015  <シュガーコート>

皆様、弊社では毎週月曜日の午後に営業会議をしており、 その時間にお電話をいただいてもつながりにくいかもしれません。 ご迷惑をおかけしますが、伝言を残してください。 必ずコールバックさせていただきます。 で、 今回のお話は・・・・・まだアメリカに赴任したばかりの頃、 取引先に招待されてダラスのポールダンスのショウパブに行ったこ とがあります。 テキサス州はアメリカでも美人が多い州とされていて、 そのパブでは大柄でスタイルのいいブロンドの白人女性がセクシー なダンスを披露してくれるのです。 私は接待される側だったので料金が高い最前席に座らせていただき ましたが、 こういうときに見栄っ張りな私は羽目を外して楽しむことができま せん。目のやり場に困っていると、 なんとステージで踊っていた美女が降りてきて私の隣に座ったので す。 Hi, how are you? I like shay guys like yourself ---(あなたのようなシャイな男が好きよ) と言って私の指を握ります。これは後で分かったのですが、 このときチップを渡せば別室でプライペートダンスというサービス が受けられたのだそうです。 そしてそういうチャンスに巡り会うのは20人ほどの最前列のさら に一人か二人。大ラッキーなんだとか。しかし、 そんなことを知らない私はしどろもどろするばかりで何をどうして いいか分かりません。 アテンドしてくれていた取引先の担当者が何か教えてくれているの ですが大音量の音楽で聞き取れず・・・ すると彼女は私の耳元に唇を寄せて Honey, I will sugar-coat you --- both your heart and --- you know --- ?  作り物のようなブルーの瞳で私をのぞき込みます。 冷静に考えればチップの催促なのですが、無粋な私は「 シュガーコートってなんだろう」 などとまるで方向違いなことを考えています。 彼女はつんと顎を突き出してから私の指を離し、 ゆっくりと去って行きました。得意先の担当者がOh, no!と両手を広げても私は呆然としていました。 シュガーコート・・・かぁ。 シュガーコート・・・ 本来の意味は苦い薬を飲みやすくするために、 甘い材料で丸く固めることで、糖衣錠の「糖衣」のことです。 辞書ではそうですが、 アメリカ人の会話

エピソード014 <ぬかみそ>

突然ですが、皆さんはぬか漬けを召し上がりますか? 都会に住んでいると家にぬか床がある家は少ないと思いますが、 好きな方は好きですよね。 これからの季節「アンド日本酒」でいただくのは最高です。 古典落語の「酢豆腐」の前半に、 町内の若いもんの一人が寄り合いで、 ぬか床からぬか漬けを取り出してくれと集まった若者たちに頼む下 りがあります。 頼まれた方は「 ぬかみそかき回すなんざぁいい若えもんのやることじゃねえや」 とか「親の遺言でそれだけは勘弁してくれ」 とか言ってだれもやろうとしません。 江戸時代のお話ですからゴム手袋もありませんし、 爪の間に入ったぬかみそはしばらくクサかったでしょうから「 町内の女の子にモテねえや」てなことになったのでしょう。でも、 それでもぬか漬けは食べたい。 どうにかして誰かに取り出させようとするところにこの話のおかし さがあります。 ぬか漬けはぬか床を毎日かき回してやらないと腐ってしまう面倒く さいやつでもあります。 おいしいぬか漬けが食卓に出てくるためには、 誰かが毎日手を突っ込んで手入れをしているわけで、 袋詰めでない本物をいただくときはそういうご苦労に感謝しないと いけませんね。 最近知り合った老舗のうなぎ屋さんに聞いたのですが、 店に来たらまずぬか床をかき回すのだそうです。 うなぎは調理に時間がかかる。 お待たせの間をつないでもらうぬか漬けはとても大切。 お盆や正月などの休みにはぬか当番がそのためだけに出勤して世話 を焼く。ですから、 うなぎが到着する前の一皿は心していただかないといけません。 閑話休題、このトシになると、 かつての仕事仲間もどんどん周りからいなくなります。 完全リタイアして田舎暮らししたり、どこかの顧問になったり、 ときには亡くなってしまったり・・・ ですから油断していると連絡が取れる知り合いが日に日に減ってい きます。若い方だって転職されたり、部署を異動になったり、 起業して独立されたり・・・ 何かを頼みたくなって電話やメールをしたらその方はもうその会社 にはいなかった、と言う経験、ありませんか? その人にでなければ頼めないことがあって、 思わず天を仰いだ方もいると思います。 私も何度も痛恨を味わいました。 だから最近、私は誰かと疎遠になりかけると焦ります。 ネットや新聞でちょうどいい話題を見つけられると喜んで「

エピソード013 <社長と呼ばないで>

20年ほど前のITバブルの頃、 立て続けに台湾に行く用事があり、 そのたびにアテンドしていただいた現地企業の社長さんに毎晩のよ うにおもてなししていただきました。そして3回に1回ぐらい「 二軒目」ということになり、 女性がいるお店でカラオケをしたりするのですが、 彼のなじみの店に着く前に違うお店の看板の後ろから客引きが現れ ます。 「シャチョー、こっちよ。カラオケ、こっち。 若い女の子たくさんいるよ!」 このころ私は「社長」ではなく、 アテンドしてくれている台湾人の彼の方こそれっきとした社長さん なのですが、客引きは私の腰に手を回して「シャチョー」 を連発します。決まりが悪いことおびただしい。 汗たらたらで脱出すると本物の社長さんの彼が「台湾の飲み屋、 日本人、シャチョーと呼ばれるとうれしいと思っているから」 とニコニコしています。 シャチョーと呼ばれるのはステータスなんだだなぁ、 とそのとき初めて思いました。 が、時が流れ、本当に社長になったら、 社長と呼ばれることはそんなにうれしくもありません。もっとも、 創業以来、社員にも「田中さん」 と呼ぶように頼んでいますので私のことを社長と呼ぶ方はもっぱら 金融機関の方ぐらいです。 肩書きで人を呼ばないのは私のサラリーマン時代の上司の教えです 。あるときある方と名刺交換する。その方の肩書きが分かる。 肩書きで呼び始める。次回会うときには名刺交換しない。 だからその方が以前の肩書きかどうか確認できない。 なのに以前いただいた名刺の肩書きで呼ぶ。 ということは時に大変失礼なことになるかもしれない。「 なるほど、そうですね、課長が部長になっていたら失礼ですよね! 」と相槌を打つと、こう諭されました。「逆だよ、田中君。 部長だった人が無役になっていた方が深刻だよ」 ただ、 初めてお目にかかって相手との距離感がつかめないうちは肩書きで お呼びするのが無難ですね。 中には肩書きで呼ばれることの方がしっくりする方もおられると思 います。ここで難しいのは、呼びにくい肩書きです。 ナントカ代理、主査、主幹、理事補・・・ 若いときに部長心得という肩書きの方とお目にかかって、 どうお呼びしていいのかモダエた思い出があります。 あれって未だにどんなお立場の方か分かりません。 話を「社長」に戻します。 仲良くなった金融機関のご担当者が交代になると

エピソード012 <きょう電池屋でいられること>

以前、ある方に「自分を『電池屋』と言い切れる田中さんがうらやましい」と言われたことがあります。電池屋だから電池屋と言っているだけで、うらやましがられることはないと思っていたのですが、今年の正月、 古い知り合いから年賀状をいただきちょっと考えさせられました。紹介します。 ・・・謹賀新年、ご無沙汰しております。相変わらずのご活躍〇〇様から伺っています。お元気でお過ごしですか。私は株式会社〇〇を昨年無事定年退職し、趣味の麻雀にうつつを抜かす毎日です。 思い返せばCRTの負荷で田中さんにご迷惑をおかけし続けたディスプレイ事業部に在籍していたころが一番楽しかったです。(中略)CRTが突然なくなって以後のサラリーマン人生は、いろいろやらせてもらったのですが、なんだかついでのようでした。 電池をかついだ田中さんとCRTをかついだ私・・・ずいぶん違う人生になったような気がしています・・・(後略) CRTとはCathode Ray Tube・・・平たく言うとブラウン管ですね。チューブというとゴムのクダなどを連想しがちですが、このチューブはガラスの管(かん)のことで、真空管も蛍光管もチューブです。なかでもブラウン管はチューブの花形とも言うべきチューブで、YouTubeもこれに由来(かつてテレビをTubeと呼んだ。 三角ボタンのロゴもブラウン管テレビの形から)しているそうです。それほど隆盛を誇ったCRTは2000年以降急激にLCD(液晶)パネルに置き換わってしまい、今ではブラウン管のテレビが現役で映っているところなど見られなくなりました。が、昭和の時代のテレビはすべてブラウン管でしたし、 何なら我が家は私が中学生まで白黒でした。 私に年賀状をくれた方は大手電機メーカーの技術職で、入社してからCRT一筋、社内の生き字引のような方でした。みんながこの方にいろいろな質問をするために集まってくるので、当時ご自分のことを「ブラウン管の人気者」と言い、 私は結構笑わせてもらいました。そのころテレビによく出る俳優や歌手を、そう呼ぶことがあったのです。そのCRTはあっという間に絶滅に近い状態となり、彼の知識やノウハウはほぼ使い道が無くなりました。会社は彼を別の部署で定年まで働かせてくれたようですが、 年賀状の文面だとあまり充実はしていなかったようです。かたや私は38年の長きに渡り電池に携わり続けている。

エピソード011 <どうせ・一応・ふつう>

  お察しの通り、 今回のタイトルの3語は私ができるだけ使わないようにしている言 葉です。 この3語が会話の中で使われると私はちょっと身構えてしまいます 。使いたくない程度を私なりに順番にすると「どうせ」>「一応」 >「ふつう」でしょうか。なかでも「どうせ」 はできるだけゼロにしたいと思っています。 どうせ一生懸命やっても・・・ という言い方をするとすべての努力を事前に否定することができま すよね。まさに悪い意味で魔法の言葉です。 私も何度妻にダイエットの決意をこの言葉で踏みにじられたことか (笑)。 それはともかく、 精神科医の和田秀樹先生は東洋経済オンライン( 2022年7月14日)で「 国政選挙のたびに投票率の低さが話題になるのは、多くの人が『 誰が議員になっても、どうせ世の中なんて変わらない』 と最初から諦めて、投票に行かないからです」と、 どうせ感が蔓延する日本に警鐘を鳴らします。 どうせ感が蔓延する日本・・・ という言い回しが妙に腑に落ちてしまうところが本当に怖いところ かも知れませんね。研究者が「どうせこんな研究をしても」 技術者が「どうせこんな開発をしても」 なんて思ったら日本経済はどうなるか。 政治家が「どうせ政策なんか考えても票にならないし」 なんて思っていたら・・・ 「一応」の方は「どうせ」よりも不快感は低いですし、私自身( 気をつけて)使うこともありますが、 問題はこれが口癖になっている人ですよね。 立場的に注意できる人には僭越ながら注意させてもらうこともあり ました。 ようするにYesかNoかを断言したくないからニュアンスを薄め ることばなのでしょう。もともとは、あとで反論があった時に「 だから『一応』と言ったでしょう」 と言えるようにしておく布石だったのかもしれませんが、 口癖になっているともう支離滅裂です。 損害保険の代理店の方にこの口癖があった時には閉口しました。 こういう場合は保険で一応カバーされますが、 こういう場合カバーは一応されません。 そういう規約に一応なっていますので。 でも御社にとって一応有用な保険商品に一応なっています。・・・ んんん、一応カバーされるって、つまり・・・? 「ふつう」は使わないわけにはいかない言葉ですので、 ある時まで私もそれこそふつうに使っていました。 ところがあるときある企業の会議に出席していて、

エピソード010 <イチモクノアミ>        

  20代の前半のころ、電気店の店員をしていました。 その地域では一番大きな家電量販店でしたが、店長( 50代前半ぐらいだったかなあ) はマメに売り場をチェックする方で、 展示している商品にプライスカード(値札) がついていないと頻繁に担当者を呼んで口やかましく注意をします 。私たちは陰で「プライス店長」とささやきあっていましたが、 この方がよく使うフレーズが「イチモクノアミ」でした。 同じトースターでも、赤・白・黒の3種類を展示する。 圧倒的売れ筋が白であっても3色すべて展示する。 お客さんに選択肢を持っていただかないとダメ。「なあ、田中君、 イチモクノアミだよ」。春、エアコンの集中販売をする。 店長先頭に団地にチラシを撒きに行く。 すべてのドアにチラシを入れる。 でももうエアコンがついているお宅もありますが、 と言うと「イチモクノアミ。 ほかのお宅を紹介していただけるかもしれないだろう。 効率ばかり考えてもダメなんだよ」  一目の羅は鳥を獲ず  (いちもくのあみはとりをえず) 店長室にはこう書かれた額(フリガナはない)が掲げられてあり、 プライス店長の座右の銘だったのですが、 浅学な私はこれがイチモクノアミの正体であることがしばらく分か りませんでした。ヒトメノラハトリヲカクズ? 「一目の・・・」 は中国の古典思想書に出てくる言葉なのだそうです。 大きなアミを使って鳥を取ろうとすると、 いつもきまって同じ部分に鳥がかかる。 だからと言ってその部分だけに一目しかないアミをかけることはで きない(そもそも一目しかなければアミともいえない)。 まったく鳥がかからないたくさんの目があってこそ初めてアミであ り、そうだから鳥がかかるのである。 だからまったく鳥のかからない目を否定してはいけない。 労力を惜しまず努力しなさい。 一つの成功は多くの非成功に支えられている・・・ という意味だと私は思っています。 電気店を辞め、 二次電池の商社に入社、 31歳の時に私はアメリカに駐在することになり、 渡米前に英語の特訓を受けました。 先生は貿易部のトップで当時もう70歳に近かった専務でした。 この方は大戦後に進駐軍でアルバイトして英語を身につけたという たたき上げで、発音も文法もスゴイ方でしたが、 何より驚かされたのは語彙力・・・ボキャブラリーでした。 アメリカ人と話をしていて、