エピソード026 <二次電池無しでは暮らせないのに>

 何年か前、ある新聞社の女性記者が3日間「GAFA絶ち」をしてみて、文化的生活ができないどころか、あと少しで会社をクビになりそうになったという趣旨の体験記事を読んだことがあります。アイフォーン(Apple)はダメなのでガラケーにしたらLINEで連絡ができない。とりあえず電話で事件現場の住所だけ聞いて現地に向かおうとしてもマップ(Google )が使えない。地図を見ながら現場に着いたときには現場検証も終わった後で、完全に他紙に後れをとって・・・なかなかの経験のようでした。 

では、二次電池(充電できる電池)を絶ったらどうなるのでしょう。GAFA絶ちといい勝負のなかなか不便な生活を強いられると思います。20XX年某月某日、日本政府は限りある二次電池資源を「戦略的主要産業」に集中させるため、 EV(電気自動車)と定置用蓄電用途以外への二次電池の使用を禁止する「二次電池規制法」を施行。違反すると罰則を科されることになった・・・という仮定のお話を考えてみましょう。

そんなバカな法律できるわけが無い・・・と思いますか。じゃ、これを読んでみてください。


 蓄電池取組方針案概要(取組の対象範囲、対象内容等)

 対象となる品目(取組方針案第3章第1節)

①蓄電池(車載用LIBまたは定置用LIBとして生産されるもの)

  

・・・これは経済産業省の電池産業室から昨年12月に出された蓄電池安定供給確保のための「支援策のご紹介」の抜粋です。この支援策の対象が車載用と定置用に限定されちゃっているのでPCは?スマホは?電動工具は?と私は心配になるのです。そもそもこの「支援策のご紹介」を作った経産省の方もPCを使ったはずなんですけどね・・・

ともあれ、今日から「二次電池規制法」施行、二次電池を使えない生活が始まります。

朝起きる。スマホの目覚ましを使っている人はもうアウト。一次電池の目覚まし時計ならセーフ。歯磨きは電動ならアウト。ひげ剃りも電動はアウト。

出勤。自転車をお使いの方、アシスト自転車はダメ。自力でこいで行きましょう。自動車通勤の方、EVなら法律の主旨なので当然OKですが、ガソリン車は「審議」です。エンジンをスタートするのに鉛電池が使われていますから「二次電池規制法」施行後、裁判所がどういう判例を出すかによります。エンジンをかける目的ならOKだが電池を放電させるエアコンやラジオを使ってはいけない・・・ぐらいの判断になるような気がします。だったら電車通勤・・・なんですが、駅員さんの腰についている無線機は使えません。電車が遅れても車内に忘れ物をしても、誰かが具合が悪くなっても痴漢がいても、ホームにいる駅員さんは何も連絡できない。何かあったら駅はかなり混乱しそうです。

で、とにかく会社に着きました。エレベータで・・・も「審議」です。日本の建築基準法ではエレベータに停電対策用の二次電池装置(停電時に近くの階まで移動し扉を開閉する)搭載が義務づけられているからです。20年ほど前、香港のホテルで乗っていたエレベータが止まったとき、なまじ「日本の法律では」ということを知っていたのでゾッとしました。幸い、 10分ほどで扉は開きましたが、止まった場所は階と階の真ん中で、私たちは50センチほどの高さを外側の人たちに一人一人引っ張り上げて貰いました。今でも覚えているのは、故障と分かった瞬間に思ったことです。「なぜ、トイレに行っておかなかったんだろう」・・・二次電池のおかげで、日本のエレベータは安心なんですよ。

脱線しました。・・・さて仕事開始です。あなたがオフィスワーカーならもちろんPCはデスクトップ。バッテリーを使うノート型はアウトです。あなたが大工さんなら電動工具は長~いコードを2階まで3階まで引きずって使わなければなりません。バッテリー着脱式はアウト。そもそも電池式の電動工具が最初に普及したアメリカには、完成検査前の住宅に商用電源をひいてはいけない法律があり、工具の電池化を渇望していた背景があります。申請すれば仮電灯線が引ける日本ではさほど必要なかったのですが、登場から40年、今や電池式の電動工具無しで日本の建築現場の作業は考えられないでしょう。

あなたが警察官、消防士、自衛隊員ならさらに深刻です。駅員さんのところでも触れましたが、無線機が使えないというのはかなり致命的。何しろ「指令」が届きません。犯罪も火災も災害も、起きたことを知ることさえできない。皆さんの中には、これだけ携帯電話が進歩した世の中で、なぜ古くさい無線機がこういう重要な場面で使われているか怪訝(けげん)に思われる方もいるかもしれません。でも、無線機は携帯電話には無い二つの大機能があるのです。① 携帯電話の通信は基本的に1対1であるのに対し、無線機は1対多数が可能。② 携帯電話は端末と端末だけでなく(電力が必要な)中継局が必要。中継局が停電になったら通信できません。無線機は両端の端末だけ生きていれば中継局は不要。停電をともなう災害に強いのです。ですからホテル、野球場、大きな病院でも使われていますし、ALSOKやセコムなどの警備会社は、そもそも無線機無しでは事業が成り立たない。だから、二次電池禁止で私たちはすべてのセキュリティーを失うことになります。

・・・さて、お昼ご飯。飲食店の従業員さんはワイヤレスの厨房連絡用の端末(レストランPOS)は使えません。紙の伝票を書いて厨房に渡します。たまに紙が飛んじゃって忘れられちゃうかわいそうなお客さんが出ますがしかたありません。支払いもスマホは使えないのでペイペイなどのキャッシュレス決済はダメ。現金かクレカで支払います。レジには支払い待ちの列ができてしまうけど、これもしかたありません。あ、間違えてレジスターのプラグを抜いちゃった・・・バックアップ電池が入っていないのですべてのデータは消えてしまいます。入っているおカネが正しい額なのか、分かる方法はもうありません。

そして「二次電池規制法」は食事のメニューや値段にも影響を及ぼすでしょう。今やたくさんの酪農・養豚・養鶏の現場で給餌ロボットが使われていますし、水まきや薬剤散布に使う農業用噴霧器やドローンも多くが二次電池式です。イノシシなど害獣侵入防止装置もしかり。ため池や水田の水位監視もしかり・・・

私たちはもう二次電池無しでは暮らせないのに、政策はEVと定置用蓄電に偏りすぎです。3P(Phone:携帯電話、PC:コンピュータ、Power  Tool:電動工具)をはじめとした二次電池を使った製品は、今や「生活必需品」であると認識しなければなりません。

・・・今回は興奮して長くなっちゃいましたね。今日はここまでにします。これ以上いろいろ考え始めると・・・私の充電が切れそうですから。 (了)



「老いた電池売りの独白」...フューロジック代表・田中景が、日米で40年近く電池の営業をしてきて思う、電池の現在過去未来、営業とは、国際感覚とは、そして経営とは、、を綴った新連載です。


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