エピソード055 <昭和デンキ屋ドタバタ年末年始>
年末、娘に「クリスマスだけど、何が欲しい?」と聞かれてムニャムニャ答えられずにいたら「ったく、自分の欲しいものもわかんないの?」とやられました。それで真剣に考えてみたのですが、今、本当に「欲しいもの」というものが思いつきません。
振り返ると、私が家電量販店の店員をしていた1980年代前半は、すべての家庭にすべての家電品がいきわたっていたわけではなかったので、みんな「次はこれを買いたい」という欲求を強く持っていた時代でした。扇風機からエアコンに、白黒テレビからカラーテレビに、二層式洗濯機から全自動に、そして花形は家庭用ならビデオデッキと電子レンジ、個人用ならウォークマン・・・インターネットがない時代、家電量販店は「今、どんな新製品が発売されているのだろう」という好奇心旺盛な人たちのショウケースであり、店員たちも閉店後に新製品勉強会を繰り返してお客さんの質問に備え続けていなくてはなりませんでした。
と言えば、昭和の店員たちは勤勉で勉強熱心だったんだなあと思われるかもしれませんが、実はお客さんの方が詳しくて、売り場で防戦一方になることも多かったですね。ことほど左様に家電業界は「次はこれを買いたい」というお客さんたちの熱に支えられていました。だからボーナス支給直後の年末のデンキ屋は、ドタバタな熱気に包まれていました。
まずはビデオデッキのお話です。テレビ番組を録画して後から見ることができる・・・画期的じゃないですか(苦笑)。12月に入るとどのメーカーも年末のテレビ番組を録画しようというテレビコマーシャルをガンガン流します。計画的なお宅は早めに注文し、店が無料で配達・設置するのですが、大みそかに家族連れで来店し、お持ち帰りになるお客さんもいました。そういう場合「あと少しで紅白歌合戦(当時の視聴率は70%超!)なのに録画できない」のようなことにならないように店頭で配線の実演をします。ほとんどのお客さんが真剣に聞いてくれますが、要注意なのは家族連れで来店され、奥さんや子供たちの前でイキがるタイプのお父さんで・・・
その年の大晦日、私は駐車場で社有車に乗って待機、予期せぬクレームに備えていました。案の定、夕方7時にサービス課から無線(当時、携帯電話はありません)で「8号車田中さん、鎌倉の材木座に至急向かってください。本日お持ち帰りのビデオデッキが故障しているとのこと。どうぞ(無線では両方がいっぺんにしゃべれないので、最後に「どうぞ」と言って自分が話し終わったことを相手に伝えます)」・・・故障ね。本当かなあ。それにしてもこれから鎌倉か(店は横浜関内です)。混んでいるだろうから紅白(当時は9時スタート)ギリギリだろうな。「横浜店サービス課、販売員は誰ですか。どうぞ」「Gさんです。どうぞ」「無線前まで来てもらってください」 Gさんは水戸店からビデオ売り場に応援に来ていた茨城訛りの強い方でした。「8号車、こちらGですぅ。どんぞぉ」「Gさん、ビデオデッキの結線の仕方はちゃんと説明してくれましたか」「はい、フロアで実演して説明しましたぁ。どんぞぉ」「ちゃんとできそうな人でしたか?」「それはどうだっぺ。こんなのカンタン、カンタンって家族の前でカッコつけていたからなぁ」うーん、いよいよイヤァな予感がします。
お宅に到着すると家族全員が私に視線を。奥さんは「あと15分で紅白、間に合いますよね?」「まずちょっと拝見します」すると威厳を傷つけられたカッコマンのお父さんが「お店で聞いた通りに配線したんですけど・・・」と恨みがましい目を向けてきます。「Aの線とBの線を結べって言われたから・・・」「少々お待ちください」とテレビの裏に回ると、Aの線とBの線はきれいにチョウチョ結びされていました。
私たちが「福富町のばあさん」と呼んでいたお年寄りがいました。店にとっては大切な常連客ではありましたが、何かを買っては必ず苦情を言いに来る面倒くさいおばあさんでもありました。その上、ちょっとモーロクも入っているので苦情の内容もおとぎ話のことが多い。これが書き入れ時の年末に「ちょっとぉ・・・」と来られると店員は何とか視線を外して逃げようとします。「ナカジマ先輩を呼ばなくちゃ」・・・ナカジマ先輩は、いつもは裏方で簡単な修理などをしていたサービス課のベテラン社員でしたが、やさしく、気が長く、福富町のばあさんにも一生懸命に対応してくれるのです。その日も作業着のまま売り場に出てきてくれて「今日はどうされましたか」とやさしく尋ねます。
「ちょっとぉ、テレビが白黒になっちゃったわよ。すぐ見に来て」
「ボクもお宅には何度もうかがっていますが、お宅のテレビは最初から白黒ですよ」
「昨日までカラーだったのよ」
「そんなことありませんよ。カラーテレビは途中から白黒になったりしませんよ」
・・・内閣府の統計(※)によるとカラーテレビの普及率は1967年にはたった5.4%に過ぎなかったのに対し、白黒テレビは96.4%。その後急速に立場が入れ替わり、たった5年後の1972年に普及率が逆転(65.4%対75.8%)します。ナカジマ先輩や私たちが悪戦苦闘していたこの時代は「白黒」から「カラー」への買い替え全盛期でした。時は年末、ボーナスを狙ってこれでもかと繰り返されるカラーテレビのコマーシャルを見続けて、彼女は自宅のテレビもカラーだったと思い込んでしまったのかも知れません。福富町のばあさんのおとぎ話はこんなバージョンもあります。
年始早々、年末に買ったばかりのトランジスタラジオを持って来店。お年玉セールでてんてこ舞いの私たち販売員は何とか視線を合わせないようにしながら、ナカジマ先輩に売り場に出てきてくれるように内線電話で頼みます。彼は相変わらず作業服のまま出て来てニコニコ笑顔で「明けましておめでとうございます。今日はどうされましたか」
「おめでたくなんかないわよ。このラジオ、買ったばかりなのに壊れちゃったのよ」
「はい、どういう故障ですか」
「天気予報があたらなくなっちゃったのよぉ」
年末は正規の販売員以外にメーカーから派遣された実演販売の方も大勢売り場に入ってくれます。12月に入ると、血圧計のメーカーの女性が店頭で来店客の血圧測定サービスをしていました。血圧計が家庭用として普及しだしたのもこの頃で、健康意識の高まりとともに地味ながら売れる商品になっていたのです。
年末客でごった返していたその日、突然、フロアに「キャーッ」という悲鳴が響き渡って騒然とします。私もお相手していたお客さんに「ちょっとすみません」と言い残して走っていくと、血圧計実演の女性が顔を両手で覆ってうずくまっています。その前には中年の男性。血圧測定のためにシャツをたくし上げた彼の腕には鮮やかな刺青(いれずみ)が・・・女性は間近で刺青を見たことがなく(大概の方はないと思いますが)思わず大きな声を上げてしまったのでした。
問題は椅子に座らされたままの中年男性の方です。薄いオレンジ色のサングラスをかけ、その頃全盛のパンチパーマでツヤツヤクルクルのヘアスタイル。うずくまって動けなくなった実演女性をじっと見つめて「オイ、ねえさん・・・」
私はレジの女性店員に警察直通の防犯ボタンを押すようにアイコンタクトで指示、女性店員が深くうなずきます。その時、刺青の男性が立ち上がり、顔を手で覆ったままの実演女性に近づいて低い声で言ったのです。「・・・オレの血圧、そんなに高いのかい?」
もちろんまだ測っていないのです。悲鳴を上げられた彼の照れ隠しでした。私に視線を移すと「欲しいと思っていたんだ。一台貰っていくよ。血圧、気ぃつけねえとな」と笑いました。バックバクだったこっちの血圧を心配してくれた・・・わけではないと思いますが。
「次はこれを買いたい」・・・あの時代、人々はなぜあれほどまっすぐに自分の欲しいものに邁進できたのでしょう。時代が違うと言えばそれでおしまいですが、あのデンキ屋の熱気を思い出すと、今の自分の煮え切らなさが切なくなります。物欲は活力の源泉かもしれません。モノでなくても「次はこれをしたい」「次はこれを知りたい」という欲求がないと、人間は日々を大切にできないのではないか。正月、娘からもらったセーターを着てそんなことを考えていました。 (了)
(※)内閣府統計 https://www.esri.cao.go.jp/jp/stat/shouhi/shouhi.html#taikyuu
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「老いた電池売りの独白」...フューロジック代表・田中景が、日米で40年近く電池の営業をしてきて思う、電池の現在過去未来、営業とは、国際感覚とは、そして経営とは、、を綴った連載です。
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