エピソード024 <ミスターE>

 Exaggerator(イグジャッジレーターという言葉があります。誇張するヤツとか大げさなヤツとかいう意味。これを言われたら「おまえ、大げさだなあ」と言うことです。ほら「100万倍おいしい」とか「死ぬほど面倒くさい」とかいう人、いるでしょう?

・・・1989年、 私はアメリカに赴任し、ストロボ(暗いところで写真が撮れるようにカメラに取り付ける照明装置。一瞬だけ強力に光る)を販売する仕事をしていました。デジタルカメラはまだ発売前で、フィルムカメラでの夜間撮影にはストロボは必須でした。われわれは世界3 大ストロボメーカーの一つでしたが、アメリカ進出が遅く、 他の2社を追いかける立場。そんな中、他の2社に差をつけられていたのが「修理・サービス」です。故障したストロボを修理・返送するのが遅くてしょっちゅうクレームを受けていました。

こういう評判はボディブロウのように売り上げに影響します。 私はこれを改善しないと占有率は上げられないと考え、原因を調査しました。すると原因は単純でしたが、改善はとてつもなく困難・・・ストロボはコンデンサという部品に電池から電気を送り込み、エネルギーを貯め、シャッターを押すと放電して光る、という仕組み。このコンデンサには寿命があり、 特に高温で使われると壊れやすくなります。ですからサービス部門にはいつも修理交換用のコンデンサが準備されていないといけません。が、本社はもともと商社で、ストロボメーカーを買収したばかり。メーカーのマインドが全くなかったのです。「タダで部品を送れって?なんでだよ??」という感じ。

1989年の話しですから通信はFaxです。事務所はアメリカ東海岸、日本との時差は13時間。夕方Faxを送ると翌朝回答のFaxが届きます。だから毎晩のように「修理用コンデンサを送ってください」というFaxを送るのですが、他のことには回答が来ても、これに対する回答は皆無。 全く興味を持ってもらえません。そこで私は一計を案じました。

・・・本社貿易部○○様、至急のお願いです。プロ用ストロボ<型名○○>の交換用コンデンサを今週中に発送してください。当方、 ニューヨークタイムスのカメラマンから修理依頼を受けており○月○日までに完工・納品しないと取材に影響が出るとのことです。同紙とは関係を深めておきたいので、是非ご協力を・・・

数日後、コンデンサが届きサービス部門に届けに行きました。4 人いた修理担当者は飛び上がって喜んでくれます。 エクセレント!!タナカサン、グッドジョブ!!

しかし喜んでいる暇はありません。必要なコンデンサはこれ1種類ではないのです。ただ私には1枚のFaxで日本を動かす変な自信がついていました。翌日から私はFax攻勢をかけ、ワシントンポスト、シカゴトリビューン、 USAトゥディなど有名新聞の名前を持ちだして何機種ものコンデンサを発送して貰うことができました。修理担当者はそのたびに大喜び。エクセレント!でも、どうしてタナカサンはこんなに簡単にコンデンサを入手できるの?前任の○○さんはできなかったのに・・・それはね、ちょっとだけ誇張を混ぜているから。 有名新聞社の修理品と言って頼むと送ってくれるんだよ。エクセレント!タナカサンは頭がいいなぁ。このころから彼らは私をミスターEと呼ぶようになりました。EはエクセレントのEだとニヤニヤしています。そうじゃないだろう。分かっているぞ。でも、いつしか私自身もFaxの最後に「By Mr. E」と書いて日本に送ったりしていました。

数ヶ月後、私は開発会議で日本に出張することになりました。開発会議は本社ではなく新たに我が社の傘下に入った東北工場で開催されます。私はこの工場には初めての訪問でした。とある東北本線の駅から徒歩20分、 早く着いたので私は歩いて工場に向かいました。それでも早すぎて工場はお昼休み、私は食堂の隅っこでコーヒーを飲んで時間を潰していました。隣のテーブルで工場の従業員の人たちが食事終わりで談笑しています。

  ・・・今日、午後から開発会議があるんだべ?・・・んだんだ、アメリカからも出張してくるらしいよ・・・何、アメリカ?あのミスターEのウソこぎ(ウソつき)か?ニューヨークタイムス野郎か?・・・ウソこぎって言うな。 ああせねば(ああ言わないと)部品まともに送らなかったんだからしかたねぇべよ・・・だけんどニューヨークの次はワシントンでシカゴで、ガキみたいなウソだったよなァ・・・いいから。笑ってダマされておけ。あっちも一生懸命なんだからァ・・・でも、どんな顔してるんだべ、ミスターE。

こんな顔しています、とも言えず、私は真っ赤になって下を向いていました。トホホ。


時間通りに会議は始まりました。いくつかの懸案事項が討議され、新製品コンセプトを共有し、開発計画が承認され、最後に一言、 ということで本社から出張してきていた専務(私の英語の師匠です)が口を開きました。

皆さん、ご苦労様でした。来期の開発計画が無事できて安心しました。あ、アメリカの田中君、工場長から聞きましたが、赴任早々いろいろな新聞社と懇意にしているらしいね。たいしたもんだ。社長も大変感心されていて、 来月そっち(アメリカ)に行くときにニューヨークタイムスを表敬訪問したいとおっしゃっています。アポ、とれますか?

私はそのとき、この世の終わりのような顔をしたのだと思います。

が、次の瞬間会議室は大爆笑。専務と工場長がシナリオを書いて「ウソこぎ」の私をやり込めたのです。 その夜の懇親会でも私は工場の人たちに散々からかわれました。「うまくいったと思ってたんだべ。でも、雑なウソにダマされてやるのも難しいんだぞ」トホホ。

そして、宴もたけなわ「ミスターEこと田中君、ちょっと」専務がニコニコしながら私を手招きします。 「ミスターEって誰が言い出したか知ってますか?」「うすうす。専務ですよね」「Eは?」「気がついていました。『イグジャッジレーター』のEです」「お、単語力ついてきたね。でも本当の名付け親はここにいる工場長ですよ。工場長、何でしたっけ?」「・・・ミスターE加減。 言いにくいので『加減』はとりました」トホホ・・・。

・・・ニューヨークタイムスに、アトランタオリンピック報道機材としてプロ用ストロボを正式採用して貰い、引退直前の専務に「エクセレントのE」に格上げして貰ったのは、この開発会議から7年後の1996年でした。 (了)



「老いた電池売りの独白」...フューロジック代表・田中景が、日米で40年近く電池の営業をしてきて思う、電池の現在過去未来、営業とは、国際感覚とは、そして経営とは、、を綴った新連載です。


フューロジック株式会社HPはこちら

I.C.E. ラボサービスサイトはこちら


コメント

このブログの人気の投稿

エピソード037 <電池と巡り合ったころ(前編)>

エピソード029 <ニーハオ、台湾!>

エピソード030  <深くて暗い河>