エピソード019  <ニッケル水素>

こんなにリチウムイオン電池が足りない、高くなったとあちこちで悲鳴が上がっているのに、どうしてニッケル水素電池を見直す気運が高まらないのか・・・不思議です。


私が電池業界に飛び込んだ1984年当時、 代表的な二次電池は鉛電池とニッケルカドミウム電池(ニカド)だけでした。今の「ビデオカメラ」は「カメラ一体型ビデオデッキ」という長ったらしい名前でしたが、1本60グラムのニカド電池が10本使われて(つまり、セルだけで600グラム)いました。今、 ふつうに買えるビデオカメラは本体重量が300グラム程度です。電池はあきれるほどデカくて重かったのです。
だから90年代にニッケル水素電池が登場してきたときはセンセーショナルでした。このときまで鉛電池が「旧」、 ニカドが「新」だったところに「最新」として颯爽と登場したニッケル水素は、重量容量密度(同じ重さならどちらが容量があるか)、体積容量密度(同じ大きさならどちらが容量があるか)とも従来のニカド電池を30%以上うわ回り、携帯電話やPCの通話/仕事時間を大幅に伸ばしました。
しかし絶頂期は10年ほどで、すぐにリチウムイオン電池に主役の座を奪われてしまいます。容量密度がさらに大きく、高電圧で、最大の弱点のメモリー効果(次項で説明)も無いので「継ぎ足し充電」が可能なリチウムイオンは「さらに最新」として普及し、 発明者がノーベル化学賞を受賞したのはご存じの通りです。

メモリー効果・・・100分の放電が可能な電池を何回か50分で放電停止/充電することを繰り返すと、まるで電池が記憶(メモリー)しているかのように50分しか放電できなくなってしまう現象。 100分の走行能力があるアシスト自転車で「25分通勤・25分退勤・充電」を繰り返していると50分でメモリー効果がおき、週末ちょっと遠出をしても50分で放電が止まってしまう。余談ですが・・・新型コロナが拡大する前、弊社は18時退勤でしたが、 今は通勤ラッシュを避けるためコアタイムを15:00としています。先日、お客様が関西からご来訪になったおり、ウチの担当が電話口で「え、17時から打ち合わせですか?」と悲鳴を上げておりました。コイツ、15:00で放電終止のクセがついている・・・私は「キミはメモリー効果か? たまにはしっかり終止電圧まで放電しなさい!」と渇を入れたのでした。

リチウムイオンに比べると「大きい・重い」「メモリー効果」とデメリットばかり強調されるニッケル水素ですが、いい点もたくさんあります。たとえば・・・
  1. 燃えない。 リチウムイオン電池は3V以上の電圧を発生させますので電解液に水(H2O )が入っていると電気分解してしまいます。ですから電解液は可燃性のシンナーに似たものである必要がありますが、ニッケル水素にはこのような可燃性の物質は使われていません。過充電などで破裂することがあってもセル自身は燃えません。

  2. 基板が不要。前述の通りリチウムイオン電池は可燃性物質を含みますので、何か異常がおきると電池側で充放電を止めてしまう必要があります。それには「保護回路基板」が必要で、これを用途・使い方によってカスタムしなければならない。 もちろんニッケル水素も充電器側に過充電などの対策は必要ですが、電池側に基板は必要なく、開発日程/コスト・耐衝撃(基板は割れる)で大きなメリットがあります。

  3. 法令的な煩わしさが少ない。リチウムイオン電池は、 一部の例外を除いて電気用品安全法によりPSEマークの表示が必要ですが、ニッケル水素は対象外です。新規開発時に試験費用と試験期間を大幅に省くことができます。

  4. 機種によっては非常に自己放電が少ない(次項で説明)。

ニッケル水素といえば「エネループ(2005年三洋電機から発売)」ですよね。ではなぜエネループがこれほど独占的ともいえる知名度になったか、というと「自己放電が少ないから」です。 1度満充電にしたら1年間放っておいても80%以上の容量が残っている・・・乾電池では当たり前ですが、この特性、二次電池としては画期的なのです。ニッケル水素もリチウムイオンも鉛電池も、二次電池は充電しても放っておくだけでどんどん容量が減ってしまうので「充電保存」はできません。
それに対して、エネループは突出して低自己放電特性が優れており、工場から充電状態で出荷され、買ってすぐに使用(放電)することができます。最初この特性を上手に販売促進に使ったのは90年代の家電量販店で、デジカメを買ってすぐ使いたい訪日外国人に、 それまで「一度充電してからお使いください」だったニッケル水素電池に代わりエネループを訴求し始めました。やがて、子供たちのゲーム機の電池代に悲鳴を上げていた主婦層が「充電保存」を活用し始め、さらに災害時の非常持ち出しセットの無くてはならない一員となっていきます。
エネループは「自己放電が少ない」だけでなく「容量回復特性(使用間隔があいても容量が減らない)」も優れています。10年ほど前「低周波治療器」に海外製ニッケル水素を採用し2シーズン目に電池容量が激減して困っていたメーカーさんがありました。 低周波治療器は秋冬の寒冷時期に使われることが多く、夏場はほとんど押し入れの中。使用間隔が半年あいてしまうと一部のセルでは再充電しても元の容量には戻りません。そこに弊社がエネループによる代案を提案したところ数万個のセールスにつながりました。自画自賛ですが、パーフェクトソリューションだったのです 。

さらに最近では放電が可能な温度がマイナス40℃から85℃(上下125℃の温度範囲!)というニッケル水素のセルも出てきました。ちょっと専門的な見方をすれば、マイナス40℃でも電解液が凍らないというのはすごいことです。 代表的リチウムイオンの放電温度域がマイナス20℃から60℃ですので、極めて優れた温度特性といえます。現在は、主に車載用機器に使用されているようですが、市場での認知度が上がればまだまだ活用できる用途は増えそうです。例えば高山など寒冷地でビデオ撮影したいときや、 冷凍倉庫内で無線機器を使いたいときなどは限度マイナス20℃では心許ないですからね。

ニッケル水素は決して「いにしえのテクノロジー」などではなく、現役バリバリの技術です。用途や使い方によってはむしろリチウムイオンよりふさわしいことも多い。今、 二次電池と言えば何でもかんでもイオンという風潮がありますが、ちょっと立ち止まって考えてみてください。リチウムイオンの長期安定供給が見通せない今、その電池パック、リチウムイオンである必要がありますか?(了)



老いた電池売りの独白」...フューロジック代表・田中景が、日米で40年近く電池の営業をしてきて思う、電池の現在過去未来、営業とは、国際感覚とは、そして経営とは、、を綴った新連載です。

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