突然ですが、皆さんはぬか漬けを召し上がりますか?都会に住んでいると家にぬか床がある家は少ないと思いますが、好きな方は好きですよね。 これからの季節「アンド日本酒」でいただくのは最高です。
古典落語の「酢豆腐」の前半に、町内の若いもんの一人が寄り合いで、ぬか床からぬか漬けを取り出してくれと集まった若者たちに頼む下りがあります。 頼まれた方は「ぬかみそかき回すなんざぁいい若えもんのやることじゃねえや」とか「親の遺言でそれだけは勘弁してくれ」とか言ってだれもやろうとしません。江戸時代のお話ですからゴム手袋もありませんし、 爪の間に入ったぬかみそはしばらくクサかったでしょうから「町内の女の子にモテねえや」てなことになったのでしょう。でも、それでもぬか漬けは食べたい。どうにかして誰かに取り出させようとするところにこの話のおかしさがあります。
ぬか漬けはぬか床を毎日かき回してやらないと腐ってしまう面倒くさいやつでもあります。おいしいぬか漬けが食卓に出てくるためには、誰かが毎日手を突っ込んで手入れをしているわけで、袋詰めでない本物をいただくときはそういうご苦労に感謝しないといけませんね。 最近知り合った老舗のうなぎ屋さんに聞いたのですが、店に来たらまずぬか床をかき回すのだそうです。うなぎは調理に時間がかかる。お待たせの間をつないでもらうぬか漬けはとても大切。お盆や正月などの休みにはぬか当番がそのためだけに出勤して世話を焼く。ですから、 うなぎが到着する前の一皿は心していただかないといけません。
閑話休題、このトシになると、かつての仕事仲間もどんどん周りからいなくなります。完全リタイアして田舎暮らししたり、どこかの顧問になったり、 ときには亡くなってしまったり・・・ですから油断していると連絡が取れる知り合いが日に日に減っていきます。若い方だって転職されたり、部署を異動になったり、起業して独立されたり・・・何かを頼みたくなって電話やメールをしたらその方はもうその会社にはいなかった、と言う経験、ありませんか? その人にでなければ頼めないことがあって、思わず天を仰いだ方もいると思います。私も何度も痛恨を味わいました。
だから最近、私は誰かと疎遠になりかけると焦ります。ネットや新聞でちょうどいい話題を見つけられると喜んで「これを読んであなたを思い出しました」というメールを送るのですが、 ちょうどいい記事を見つけられることはまれ。そういうネタが無いまま突然メールを送ると、不自然といぶかられるのではないか、物欲しそうに見えないか、と気になり結局疎遠が進んでいってしまいます。年賀状という一年の疎遠をチャラにできるリーサルウエポンがありますが、 最近は「SDGsの観点から葉書での年賀状をお断りして」いる企業もあり、かえってご迷惑なったりもしますし。でも、「あの人は顔が広い」とか「人脈がすごい」などと言われる、実に人間関係の維持が上手な方がいますよね。そういう方はどのように繋がりをメンテナンスしているのでしょう。
まだ三洋電機があった頃、神戸三宮から淡路島の洲本に向かうバスの中のお話です。このバスは概ねいつもガラガラで、一度高速道に入るとほとんど停車しません。その日も乗客は私と、二人のビジネスマンだけでした。彼らは上司と部下の関係のようで、片方が片方に敬語で話をしています。 彼らは私の3席ぐらい後ろに座っていて、部下の声は甲高く、上司はジャリジャリのダミ声で、話の内容が100%聞こえてきます。・・・部下が上司に何かの報告を話し終えました。
「・・・オーケーや。その件進めてくれてええよ」
「ありがとうございます。やっときます・・・あれ、 部長、何始めたんスか」
「あ、オレ、明日ぬかみそをかき回すのよ」
「え、なんスか?」
(以下、部長さんの台詞の続き。コテコテの関西弁だと思って読み進めてください)・・・明日、電話する人を書き出しているんだよ。月に一回日を決めて、 最近話ができていない人に電話をするの。前の社長の時代には「ぬかみその日」というのがあって、毎月1回1時間、ごぶさたしている方に電話をすることにしていたんだよ。お客さんでも仕入れ先でも転勤された先輩でもいい。「お顔が遠くならんよう」「大事なぬかみそが腐らんよう」に。 先方さんも慣れてくると「あ、いつものぬかみそ電話ですね」と言ってくれるようになってね。携帯電話時代になってどこからでも電話できるようになって、社長も替わって「ぬかみその時間」はなくなってしまったけれど、自分は今でも個人的にぬかみそタイムを作っているんだよ。
人との繋がりをぬかみそに例えて「お顔が遠くならんよう」、月一回「ぬかみそをかき回す」ことを課した先代の社長さんの知恵に、私は内心「これだ!」と思いました。しかし、私がこのアイディアを真似させてもらうことは、ついにできませんでした。
ぬかみそデイを決めて、 手帳に電話する相手を書き留めることを一度だけ試してみたのですが、いざその日が来ると「不自然ではないか」「物欲しそうではないか」「なぜ今日なのか」と手が止まります。見栄っ張りな私には、あの部長さんのように素直にぬかみそ電話をすることができない。自分の仕事は御用聞きじゃないし、とか、このトシにな って、 とか「しない言い訳」ばかり思いついてしまいます。
まあ、知り合ったすべての方とつながっていることは無理だしなあ、などと無理に自分と折り合いをつけていましたが、そのたびにあのバスの中の会話を思い出して少し苦い気持ちになります。日本中にこの「ぬかみそ電話」が広まって「すみません、 ご無沙汰なのでぬかみそ電話です」というだけで分かってもらえるようになるといいのに・・・ま、しょうがない、SDGsはちょっと横に置いて、今年も年賀状書こう。
土用の丑の日だと混むから、と、数日前に伺った件(くだん)のうなぎ屋さんでぬか漬けをいただきながら、こんなことを考えていました。 (了)
老いた電池売りの独白」...フューロジック代表・田中景が、日米で40年近く電池の営業をしてきて思う、電池の現在過去未来、営業とは、国際感覚とは、そして経営とは、、を綴った新連載です。
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