エピソード022 <営業のエッセンス>

以前、親しくして貰っていた大手電池メーカーの幹部氏はたびたび「ウチは技術職を中心に採用する。技術職はツブして営業にすることができるが、逆はできない」と言って、営業しかしたことのない私のココロを何度も引き裂いてくれました。でも、 そのように考えている人は今でも日本中のメーカーにたくさんおられるようです。

営業職の皆さん、悔しいじゃありませんか。

でも、皆さんの方も技術職などの専門的な教育を受けた人たちに対して過剰なコンプレックスを持っていませんか?ある部品商社の営業の方は、 その方が聞いてきた要求スペックが電気的におかしかったので確認したところ「でも、技術者に聞いてきた数値だから間違いないはず」とこっちが間違っているようなことを言います。後々分かったのはこの「技術者」は機構設計がご専門で、電気的なことはほとんど知見が無い方だったのですが、 この営業マンにとっては「技術職が言うこと」は絶対なのでした。「専門職としての営業」にプライドが無いと、盲目的に「技術は絶対」と思ってしまう。そうだと「営業は技術職をツブして」なんて言われてもしょうがないですよね。ときに「自分はどうせ営業なんで」と卑下したり自虐的になっているわが同業者諸君、 今回は「営業のエッセンス」についてのお話です。もちろん私が考えついたオリジナルではありません。約30年前、アメリカ時代に出会った優秀な営業マンに教えられたことです。

英語が半人前でアメリカの商習慣も知らず、一人で商談に行くことができなかった私を、 このヘンリーという営業マンは私の電池の知識を重宝してくれて、いろいろなところに説明員として同行させてくれました。そして、語彙の乏しい私の英語の説明を補足してくれるだけでなく、旅先のホテルのバーで、飛行機で、クルマで、会社の向かいのコーヒーパーラーで、 アメリカで営業(Marketing)としてやっていくには、という視点でいろんなことを教えてくれたのです。

まずその一、「営業のエッセンスとは」・・・自分(ヘンリー)は大学でMarketingの専門教育を受けた。おまえ(田中)にはその機会がなかった。 しかしおまえには一番大事な(電池に関する)知識がある。あとはアメリカの商慣習が分かれば大丈夫。大学では需要喚起策とか広告効果とか難しいことを教わったが、そんなものが役に立つのはマクドナルドかキャンベルに就職したときだろう。 ミリオン(100万ドル=ざっくり1億円)程度のMarketingをやる上で知識の他に何が必要かと言ったらパーソナリティ。この人と話しがしたいと思ってもらえることができるかどうかである。繰り返す。営業のエッセンスは知識とパーソナリティ、それだけ。・・・To be a successful business person, the essence of marketing you need to have is Knowledge and Personality, nothing else. ・・・私はこれを今でも繰り返すことがあります。鮮烈な言葉でした。

そしてその二、「Marketing(営業)とSales(販売)の違い」・・・生産現場で作られた製品が消費者の手に渡るまで何段階ものステップ(工場、海外現地法人、ディストリビュータ、レップ、小売店等々)がある。 その中の1段階だけ(例えばディストリビュータから小売店)を受け持つのがSales、すべての段階を俯瞰して流通全体を考えるのがMarketing。自分は長く日本企業の米国法人で働いているのでよくわかるが、多くの日本人はこの区別がついていない。 日本から幹部として派遣されてきたおまえはSalesをやって自分で売ろうなどと思ってはいけない。Marketingとして、部下(Sales)に売らせて彼と手柄を争うな。ほとんどおまえがまとめたビジネスで、部下は伝票を書いただけだったとしても部下の手柄。おまえが賞賛されるのは、 一つの商談をまとめた時ではない。

その三、「人はなぜコメディを見たいと思うか」・・・笑いたいからである。カネを払ってでも笑いたい。しかし相手が笑っていないとき人は笑えない。だから取引の過程ではいつも笑顔でいること。相手がお客さんでも、仕入れ先でも、社内でも。 そしてできれば相手に笑ってもらえる話題をひとつ用意しておくこと。良質のユーモアを蓄えることはおまえが思っている以上に大切。難しい交渉が一つのユーモアで方向が変わることさえある。その日その商談が不幸にして決裂しても、おまえとはまた会ってみたくなるようなパーソナリティであれ。

その四、 「最新の知識を持ち、正しいことを語ること」・・・ものが売れると快感が走る。相手を説得できたという、いわば彼女と初めてキスができた時のような、しびれるような感覚だ。が、それを求めてはいけない。その快感を追うと、買ってもらうためにウソやムリが入ってくる。正しい商品知識を正直に伝えて、 その結果ビジネスが不成立でも(キスができなくても)それは仕方が無いのだ。反対に、知識をないがしろにしてキスの快感を追い求めると、知らないことを知っているように言い続けなくてはならない。いつしか知ったかぶりが自然にできるようになってしまい、それが能力だと勘違いして、 しまいには自分が何を知っていて何を知らないかも分からなくなる。分からない質問に「勉強不足です、すみません」と言えるだけの勉強(これ、深いですよね)が必要。知識があれば謙虚になれる。無ければ背伸びせざるを得ない。

(★辞書によっていろいろですが、ここではMarketingを「営業」、 Salesを「販売」と邦訳しました)

私は、進歩が早い電池の業界に長くいるので「勉強」は一生続くと思っています。だから電池に関する知識はある程度自信があります。パーソナリティの方は・・・こっちも一生磨き続けなければならないですね。トシとか言っていられません。

ところで、 私は「その四」をちょっとハショりました。ヘンリーは実はこう言ったのです。・・・キスの快感を追い求めると、知らないことを知っているように言わなくてはならない。おまえ、結婚前に「キミを幸せにする」と言わなかったか?知らないことを知っているように約束しただろう?キスの快感のために。 (了)



「老いた電池売りの独白」...フューロジック代表・田中景が、日米で40年近く電池の営業をしてきて思う、電池の現在過去未来、営業とは、国際感覚とは、そして経営とは、、を綴った新連載です。

このブログの人気の投稿

エピソード037 <電池と巡り合ったころ(前編)>

エピソード029 <ニーハオ、台湾!>

エピソード025 <電池と言語 ~ 展示会で思ったこと>