エピソード017 <I.C.E.ラボ開業>

今回はいつものような読み物ではなく、弊社の新規事業について説明させていただきます。二次電池の事業にあまり関心のない皆さんには退屈なものだと思いますので、そういう方は今号はスキップしてください。

弊社は2023年1月にフューロジックI.C.E.ラボでの「二次電池の評価・検査事業」をスタートします。I.C.E.はInspection(検査)Cycle(充放電)Evaluation(評価)の頭文字です。なぜ今、商社である弊社がなぜ評価の事業を始めるのか、 今号ではその周辺を説明させていただきます。

ご存じの通り、リチウムイオン電池の需要は世界中で沸騰しています。その中心がEV(電気自動車)用で、2020年の全世界の出荷金額ベースでは全体5.9兆円の54%、 2021年は全体8.4兆円の58%がEV向けだとされています。業界全体の伸びは1年間で142%という爆発的なもので、かつEV用が占める割合が増加しているわけです。

ではEVはどのぐらいのリチウムイオン電池を使うのか・・・少々乱暴な言い方になりますが、 EV1台あたりスマホの5千倍から1万倍の電池を使うと考えるとわかりやすいと思います。これを電池メーカーの視点から見ると、スマホ100万台分の電池を生産するのとEV100~200台分のそれとは同じ規模であり、 スマホとEVの成長性を考えるとどうしてもEVに事業を傾注させたいということになります。なにせ2030年や2035年にガソリン車の販売を禁止する法律が世界中で作られ、EV1.5億台時代が来るのですから当然と言えます。

これに対して、 弊社の主戦場である「小型リチウムイオン電池」は登場してから約30年。PCやスマホ、電動工具用に使われ続けてきて価格も相当叩かれてしまっています。その結果、利益も出にくく、大手の電池メーカーにとって重要事業ではなくなっているのかも知れません。事実、 ソニーや日立グループは小型イオン電池の事業を切り離してしまいましたし、韓国勢も急速にEVシフトしています。しかし、そんな中でも月に300個とか年に1000個とか非常に数量の小さなデマンドにお応えする必要があるのです。 「消費数量が小さな事業」と「社会的重要度が低い事業」は同義ではありません。10年ほど前、こんなことがありました。

そのころ、私はある医療器メーカーと「ICU(緊急治療室)での酸素マスク外れ監視アラーム」用の電池パックのプロジェクトを進めていました。 ICUに運ばれたストレッチャー上(つまり、電源はつながっていない)の患者に酸素マスクを装着したとき、患者が首を振るなどしてマスクがはずれ、それを看護師が気づかず放置していると生命に危険が迫る。災害や事故などで一度にたくさんの患者が運ばれてきたときはそのリスクが高まる。 外れた場合にアラームが鳴って看護師の注意を喚起する・・・というコンセプトの製品でした。社会通念上、非常に必要度が高い製品と言えると思います。ところがセルメーカーはこの製品に対してのセル供給に難色を示したのです。 色々あったのですがかいつまんで言うと「月100万円程度の少量の販売で5億円の賠償リスクはとることができない」という企業経営的な判断です。

結局、セルメーカーの強い後ろ向きの姿勢を変えることはできず、プロジェクトはいったん中止になりました。 先方にお邪魔してセルメーカーの意向をお伝えし終わると、役員の方が「ちょっと、いいでしょうか」と私に向き直りました。

・・・経営的な理由でお断りになるセルメーカーさんのご説明は理解できます。が、当社は患者さんの生命を議論しなければならない。脅しだと思って欲しくないが、 そのセルメーカーのご担当者のご家族が何かの災害でICUに運び込まれたとき、今と同じ酸素マスクを使われて一晩過ごさなければならないとしたらどれほどご心配か。今回これ以上田中さんにご負担をかけることはしないが、もし機会があったらそのセルメーカーのご担当者にこのようなお話をしていただきたい。 できない理由だけでなく、どうしたらできるのかを考えて欲しかった、と。

その後、その医療器メーカーは「スペック内で使ってくれれば何に使ってもOK、事故が起きたら機器メーカーの自己責任」というスタンスの海外メーカーの電池を使って製品化した由。 と言っても国内メーカーのように豊富にデータを提供してくれるわけではなく、本来は機器メーカーがする必要がない試験を外部の評価機関で実施して、時間もおカネもかかったということでした。後日、人伝いにこの話を聞いて私は強い無力感を感じました。結局、データはメーカー任せ、評価はお客さん任せ、 これでいいのだろうか。

弊社はどちら様とも資本関係などがありませんので、世界中の電池をお客様の製品との相性を第一に考えて(セルメーカーの意向や在庫状況に関係なく)紹介できると自負しています。が、本当にお客様の期待通りの性能が出るかどうかの評価はお客様にお願いしなければならない。しかし、 自前で電池の評価ができるお客様は限られています。結局、セルメーカーの提供するデータを信用するしかない場合が多い。今までは国内メーカーから信頼性の高いデータを提供していただくことができましたが、彼らがEV事業にリソースを転換する中、 特に弊社の主戦場である「少量・多品種」には大手メーカーからセルを売っていただくのも難しくなって参りました。いきおい、日本では無名の海外メーカーのセルを紹介しなければならない局面も増えていきそうです。そのとき彼らから提供されたデータに対して「本当なの」と問われた場合、 現在の私どもには返答のしようがない。

今回、政府のコロナ対策の一環である「事業再構築補助金」制度が発表になったとき、私どもの長年の課題だった「自前で評価できる」ファンクションを弊社事業に付加できないか、と考えたのです。幸い、 審査をパスし総費用約7000万円のうち約4000万円の大型補助をいただくことができました。地方の広大な敷地に設置するのが常識である大型の設備を都心(新宿区)に設置し、利便性も確保できました。

設備も最新のもので、 セルの充放電装置は3槽独立(3槽それぞれの試験環境を別々に設定できる)で1槽あたり24セルを同時に充放電できます。1~2セルの評価サンプルで判断せざるを得なかったこれまでとは違い、最大72セルで同時評価できますので、 個々の特性だけではなくバラツキや傾向を観察することもできます。

そのほか、大型パックの充放電可能な恒温槽など多岐にわたる評価装置を準備しました。資料ご希望の方はこのメールに返信いただけるようお願いします。需要家様のご期待に添えるよう運用して参りたいと思います。 (了)



老いた電池売りの独白」...フューロジック代表・田中景が、日米で40年近く電池の営業をしてきて思う、電池の現在過去未来、営業とは、国際感覚とは、そして経営とは、、を綴った新連載です。

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