投稿

エピソード051 <書籍化・発売のお知らせ>

 皆さん、突然ですがこの連載が書籍化・発売されました。以下、その経緯です。   ・・・今年2月、私は出版社に原稿を送り、そのあと担当者に面談してもらって本にしてもらえないか相談していました。担当者は事前に一読してくれていて「まあ、面白くないこともないですね。ただ、相当手を入れないといけませんが」と原稿のプリントアウトに視線を落としたままボソッと言います。   「相当、手を入れないといけませんか?・・・たとえばどんなところですか?」   「・・・たくさんありますが、たとえばここ。田中さんは・・・駅のアナウンスがその電車が『A駅、B駅、C駅・・・・には止まりません』と書いていますね。駅に電車は『停まる』のです。『止まる』のは故障とか事故とかの時ですね」  「え、そんなコマカイ・・・」   「出版するには『そんなコマカイ』ことが重要なんです。それからここ『・・・東からも、西からもインディアンが迫ってくる!』・・・インディアンは使っちゃいけない差別用語です。ほかの表現を考えないといけません」   「でも、もしインディアンを『ネイティブアメリカン』や『アメリカ先住民』に変えちゃうとヘンテコですよ。『アメリカ先住民たちが迫ってくる』だと、斧やライフルを持って攻めてきているような緊迫感が出ないし・・・」   「出版するにはルールがあるんです。ダメなものはダメなんですよ・・・頑張って修正して、書き直して仕上げる覚悟があるんだったら、もう一度最後まで原稿をチェックしてお返しします。発売の目標は11月の読書週間前にしましょう。エピソードの掲載順の検討と、 追加・削除・加筆・修正のチャンスは2回。これを8月までに終わらせないと間に合いませんが・・・田中さん、お仕事をしながら頑張れますか?」  数日後、戻ってきた校正原稿には無慮ボーダイな赤ペンが・・・誤字・脱字・不適切語・差別用語・・・想像をはるかに超えた量です。  「・・・ボ、ボクは、こんなに間違いや問題が多い文章を配信していたのでしょうか」   「まあ、そういうことになります」  「でも、40回以上も配信して、誰にも指摘されたことはないんですけど・・・」  「タダで配信されたブログの文章の間違いを指摘することなんか、よっぽど変わった人でなければしませんよ。ただ・・・」  「ただ・・・?」   「・・・中には中学生並みの誤字もありました...

エピソード050 <ダチョウ的>

  ダチョウは、危機が迫ると砂の中に頭を突っ込んで危機が去るのを待つんだそうです。時速60~70Kmで走ることができるのに、逃げずにそういうことをするのは「体のわりに脳が小さくてバカだから」だとか。確かに砂に首を突っ込むと目の前の危機は見えなくはなりますが、 砂から首を出した時にはボディは焼き鳥になっているかもしれないのに、不思議な習性です。  このことは英語圏でもよく知られているようで、A man like an ostrich(ダチョウなような男)といえば「意図的に無計画なヤツ」「肝心なものをわざと見えない振りをするヤツ」ということになるそうです。あなたの周りにその傾向がある人物、いませんか?・・・ほかにもオーストリッチを使ったいろいろな英語のフレーズがあるようで・・・  Ostrich Effect(ダチョウ効果)・・・たとえば健康診断で「要診察」ポイントがあるのに奥さんに検診結果を見せないで隠してしまう、とか。  Ostrich Peace(ダチョウの平和)・・・たとえばウクライナやパレスチナの問題を国会で質疑する立場なのにエッフェル塔で写真を撮ってSNSにあげる、とか。  Ostrich Policy(ダチョウ主義)・・・事なかれ主義。たとえばきょう結論を出さないといけない喫緊の課題の激しい議論を「まあまあ」となだめて先送りしようとする、とか。  そんな中で、私たちが特に気を付けなければならないのがOstrich Management(ダチョウ的経営)です。その典型的な例だと言われるのがカメラ用フィルムの最大手メーカーだったコダック(Eastman Kodak Co.)です。   コダックは1892年設立のアメリカの名門企業ですが、2012年に倒産しました。理由は、1990年代から爆発的にデジタルカメラが普及して、主力製品である銀塩フィルムの販売数が激減したため・・・と一般には理解されています。が、実はもっとずっとダチョウ的だったようで、 まさか・・・と思うかもしれませんが、世界で初めてデジタルカメラを開発したのもコダックだった(1975年)のです。しかし、最大の収益源である「フィルムの売り上げに悪影響を及ぼすから」発売どころか発表もしなかった・・・一方、 そのころコダックに次ぐ世界第2位のフィルムメーカーだった富士写真フイルム(現在の富士フイルム)は、1...

エピソード049 <ペロブスカイト>

 私はこの連載で過去に「らんばあ」とか「イチモクノアミ」とか一見意味不明なタイトルの駄文を書いてきましたので、今回もそれと同じ類(たぐい)だろうとお思いの方もおられるかもしれません。・・・ペロブスカイト?なんじゃそりゃ。   ご期待を裏切る形で申し訳ない気もしますが、ペロブスカイト(Perovskite)は今を時めく新型太陽電池の名前で、れっきとした日本発の技術です。毎月「雑談会」と称するある部品商社さんの集まりで、講師役をしている私が「来月は何の話をしましょうか」と聞いたところ、 一人の出席者が「ペロブスカイトについて教えてください」とおっしゃったので、私は急いで「ペロブスカイト太陽電池(葭本隆太著、日刊工業新聞社刊)」を購入して読んだのです。まさにドロナワ・・・だから「日本発」も今知ったところですし、これから申し上げることもほとんどがこの本の受け売りです。が、 電池を生業(なりわい)にする私たちとしては、知らないで済むことではないので、私の現在の知識レベルでは背伸びし過ぎであることは重々承知のうえで、書き進めていきたいと思います。   まず、ペロブスカイト太陽電池は「桐蔭横浜大学の宮坂力研究室で2006年に生まれた日本発の技術」であるということを抑えておかなければなりません。リチウムイオン電池も発明者である吉野彰先生がノーベル化学賞を受賞していますが、こっちはアメリカのGoodenough氏らと共同受賞ですので、 100パーセント「日本発」ではないかもしれません。が、ペロブスカイトは日本発祥と言っていいでしょう。   今、世界で広く使われている「ソーラーパネル」は90%以上が「シリコン(ケイ素)型」と言われるもので、シリコンが割れやすいのでガラスに挟んで使います。つまりその分硬くて重い。 それに対してペロブスカイトは原料の溶液・・・光を吸収して電気に変える半導体(これをペロブスカイトと呼ぶ)をガラスやフィルムに「印刷」して作るので、薄くて曲げられて、さらにシリコン型の1/10の重量で作ることができる。だからソーラーパネル設置を前提としないで建てた現存の建築物や、 もしかしたら農業用のビニルハウスにも使えるかもしれないのだそうです。   そして原材料。資源小国である日本はリチウムイオン電池ではリチウム、コバルト、黒鉛などの原材料をほとんど輸入しなければならないので...

エピソード048 <ガマン比べ>

    今年5月14日にアメリカホワイトハウスから「バイデン政権として中国の不公平貿易から米国民の雇用と仕事を守るため」として、中国製品に対する関税を上げるというステートメントが発表されました。リチウムイオン電池も対象で、EV(電気自動車)用は今年から、 非EV用は2026年からそれぞれ7.5%から何と25%に引き上げるとされています。今、米国にリチウムイオン電池を使った製品輸出を計画している企業は、量産時期がちょうど2026年ごろになりますので、真剣に対策を考えなくてはいけなくなりました。   問題なのは、このステートメントが民主党の「バイデン政権として」出されたものだ、ということです。実はライバルであるトランプさんは中国に対してもっと厳しい姿勢で、中国から輸入するすべての品目の関税を60%上げると公言しています。つまり、中国セルを使って米国への製品輸出をする企業にとって、 バイデンさんの25%はむしろ「良い方のシナリオ」なのです。バイデンさんは撤退しましたが、ハリスさんもバイデンシナリオを踏襲しますから、新関税は25%か60%かのどちらかということになります。   「中国は全世界に過剰生産を輸出している」イエレン米財務長官も中国を強烈に非難しました。事実、8月の米国の失業率は予想以上に上昇していて、結果10円以上の円高に向かったのは記憶に新しいところです。大統領選に向けて各候補が中国に強硬なポジションをとるのは、 「票集め」的に仕方ないのでしょう。   でも・・・アメリカの政治家の皆さんは「中国産のリチウムイオン電池」と「その材料」が世界占有率のどのぐらいを占めているのかを認識しているでしょうか?Panasonicや村田製作所(旧ソニー)などの日本ブランド、 LG・Samsungなどの韓国ブランドの電池もかなりの割合が中国で生産されていることはご存じでしょうか?新しい関税率が厳格に運用されると、アメリカのモバイル製品の価格は急騰するでしょう。でも、これは米国の雇用と仕事を守る偉大な挑戦(Great Challenge)だからアメリカ国民は喜んで高い価格を受け入れる・・・ということは決してないことを想像できているでしょうか?   私は21年もアメリカに住んでいましたので、アメリカ人の消費行動が非常に価格志向であることを知っています。いや、端的に言うとアメリ...

エピソード047 <充電LED>

   約40年前、充電式の電動工具の黎明期のことです。  この分野のリーディングメーカーはA社。それをB社が激しく追いかける構図で業界が動き出しました。私は28歳、B社に電池を販売する営業担当です。  この時代、リチウムイオンはおろか、まだニッケル水素電池も発売されていません。電動工具用の電池はニッケルカドミウム(ニカド)電池一択、そして三洋一択でした(理由は後述します)。   A社がどう見ていたかは分かりませんが、B社のA社に対するライバル意識はすさまじく、絶えずA社の動向を注目し、自社製品との比較をし、顧客に自社の優位性を訴求していました。そんな中、 B社のサービスセンターにはヘビーユーザーである大工さんたちから「午前の作業を終わって1時間の昼休みに充電しても1時間で充電が終わらない。そのために1時間急速充電器を買ったのにおかしいじゃないか」というクレームが続出するようになります。B社幹部をことさらイライラさせたのは、 大工さんたちがこぞって「A社の充電器は必ず1時間で充電が終わるのに」と付け加えることです。  現代のリチウムイオンに慣れた技術者が聞いたら卒倒しちゃうかもしれませんが、当時は「充電IC」などありません。ニカド電池に直接取り付けたブレーカが頼り。電池の表面温度が上がってブレーカが開くと充電完了、漫画みたいにアナログですよね。   では、なぜ電池の表面温度が上がるのか。それは電池が過充電状態になっているからです。つまり、当時は充電するたびに電池を過充電して使っていたのです。それで大した事故も起きなかったのですからニカド電池はタフでしたね。今、リチウムイオンにそんなことをしては絶対にいけませんよ。   という理屈ですので、もしも電池が空っぽで、周りがものすごく寒い場合などは電池の表面温度が上がるのがゆっくりとなり、結果として1時間で充電が完了しないことが想定されていました。取り扱い説明書にも書いてあります。B社としてもそういう場合は丁寧に説明して「ご理解をいただく」のですが、 ご理解してくれた大工さんたちが電話を切る直前の一言がB社を焦らせます。「でも、A社の充電器は大丈夫なんだよなぁ」   工具メーカーにとって大工さんたちは重要な需要セグメントです。彼らの横のつながり・・・口コミも占有率に影響します。ある時ついに「田中さん、三洋電機さんに相談...

エピソード046 <電話の発明>

   「どうして私は電話なんか発明したんだろうね」  電話を発明したグラハム・ベルはこう嘆いたそうです。こちらの都合も考えず突然かかってくる電話への困惑から、ベル自身、自分の書斎に電話を設置することを拒んだとか。本当は、とてもロマンチックな動機で始めた研究・・・最初、彼は耳の不自由な彼の恋人(後に妻となる)と話をする機器を開発しようとしたのです・・・だったのに、巨万の富と引き換えに彼はパンドラの蓋をあけたがごとき非常識人として扱われることになります。曰く「人類は今まで何千年も不便を感じなかったのに、遠くの人と会話ができるようになる必要があったのか?」  ところで、狭き門を突破して念願のテレビ局に入社できた若者が、かなりの割合で1年目に退職してしまうのだそうです。理由はやっぱり電話。彼らは誰からの電話か分からない電話にとりあえず出るという免疫がなく、番組ごとに割り当てられる部屋に置かれたプッシュホンの受話器を取り上げるのが何しろストレス。決死の思いで受話器を耳に当てた瞬間「あのさあ、 ◯◯ いるぅ?いないの?しょうがねえなあ。じゃ言っといてよ・・・」とやられると完全にパニック。メモを取るのも忘れ「あの、 ◯◯ さん、さっきお電話がありまして」「誰から?」「わかんないです」「使えないなあ。学校で何をならってきたの」みたいなことが毎年繰り返されるとか。  この時代、若者は着信相手が表示され、相手の電話番号や通話時間も記録も残るスマホでしか話をしたことがないのです。  彼らの感じるストレスは「甘ったれるんじゃないよ」と言って笑えるようなものではなく、せっかく入った会社(それもあこがれの放送局)を辞める理由にも十分なりうるほどなのです。あきれているだけではダメで、そういう「人」が電話の向こうにいることをわれわれオトナも認識しないといけませんね。  思えば、われわれ年代は電話では鍛えられてきました。  オフィスの電話がダイヤル式からピカピカのプッシュホンに交換された時、※00から※19まで20個の短縮ダイヤル機能がついていて、みんな自席の電話機によくかける電話番号を登録していたのですが(テレビコマーシャルもありました・・・「長い電話番号を覚えなくても、プッシュホンならピッポッパッ」)わが営業部長氏は大反対。部下に短縮ダイヤルの登録を禁止しました。曰く「お前ら、得意先の電...

エピソード045 <この言葉、知っていますか?>

  ・・・職安通り・・・   夕方、いつものように新大久保に飲みに行こうとタクシーを止めたところ、ドライバーは若い女性でした。聞けば25歳。新卒でタクシードライバーになったということです。「ご指定のルートはありますか」「うん、大久保通りは混むから職安通りからお願いします」「承知しました。・・・でも、 『職安通り』って面白い名前ですよね。八重洲とかと同じで、昔この辺に住んでいた外国人の名前とかが由来なんでしょうか」「え?・・・」   私は彼女が本気で言っているのか冗談なのか、少しのあいだ分かりませんでした。クルマは奇しくも職安の前を通ります。「あの、運転手さん、これが職安ですよ。公共職業・・・」と言いながら建物をみると、そこには大きく「ハローワーク」と書かれています。あ、そうか、 この運転手さんにとってここはハローワークであって、職業安定所という呼称は知らないんだなあ。   「運転手さん、あのね、ハローワークは昔、公共職業安定所っていう名前でね・・・」私が説明すると、彼女は「あ、そうですか。勉強になりました。ありがとうございます。お客様は物知りでいらっしゃいますね」とルームミラー越しに微笑んだので、私はとても面映ゆい気持で笑い返しました。 ・・・フィルムケース・・・   正月、暮れにできなかった自分のオフィスの大掃除をしていたら机の中からフィルムケースが20個ほど出てきました。多分10年以上机に入っていたのです。昔は小さな電池が多くて、サンプルを送ったりするときにフィルムケースはとても重宝でした。が、今やわが社が取り扱う電池も大型となり、 フィルムケースに入るような可愛らしいサイズの電池はもうあまりありません。私は思い切って全部捨てることにして、空箱に入れて自室の前に置いておいたところ、20代の女性社員が「これ何ですか?きれいですね」と。  「それはフィルムケースだよ」「フィルム?何のフィルムですか?」「え、カメラのフィルムだよ」「カメラのフィルム、ですか?」彼女は小首をかしげてこちらを見ています。   カメラにフィルムを入れなくなってどのぐらい経ったのか・・・しかし、フィルムをカメラに入れることを知らない世代がこうやって社会人になって目の前にいるのは、現実感がなく、何とも不思議な気分です。「少しもらってもいいですか」「捨てようと思っていたんだ。全部持って行っ...