エピソード049 <ペロブスカイト>
私はこの連載で過去に「らんばあ」とか「イチモクノアミ」とか一見意味不明なタイトルの駄文を書いてきましたので、今回もそれと同じ類(たぐい)だろうとお思いの方もおられるかもしれません。・・・ペロブスカイト?なんじゃそりゃ。
ご期待を裏切る形で申し訳ない気もしますが、ペロブスカイト(Perovskite)は今を時めく新型太陽電池の名前で、れっきとした日本発の技術です。毎月「雑談会」と称するある部品商社さんの集まりで、講師役をしている私が「来月は何の話をしましょうか」と聞いたところ、 一人の出席者が「ペロブスカイトについて教えてください」とおっしゃったので、私は急いで「ペロブスカイト太陽電池(葭本隆太著、日刊工業新聞社刊)」を購入して読んだのです。まさにドロナワ・・・だから「日本発」も今知ったところですし、これから申し上げることもほとんどがこの本の受け売りです。が、 電池を生業(なりわい)にする私たちとしては、知らないで済むことではないので、私の現在の知識レベルでは背伸びし過ぎであることは重々承知のうえで、書き進めていきたいと思います。
まず、ペロブスカイト太陽電池は「桐蔭横浜大学の宮坂力研究室で2006年に生まれた日本発の技術」であるということを抑えておかなければなりません。リチウムイオン電池も発明者である吉野彰先生がノーベル化学賞を受賞していますが、こっちはアメリカのGoodenough氏らと共同受賞ですので、 100パーセント「日本発」ではないかもしれません。が、ペロブスカイトは日本発祥と言っていいでしょう。
今、世界で広く使われている「ソーラーパネル」は90%以上が「シリコン(ケイ素)型」と言われるもので、シリコンが割れやすいのでガラスに挟んで使います。つまりその分硬くて重い。 それに対してペロブスカイトは原料の溶液・・・光を吸収して電気に変える半導体(これをペロブスカイトと呼ぶ)をガラスやフィルムに「印刷」して作るので、薄くて曲げられて、さらにシリコン型の1/10の重量で作ることができる。だからソーラーパネル設置を前提としないで建てた現存の建築物や、 もしかしたら農業用のビニルハウスにも使えるかもしれないのだそうです。
そして原材料。資源小国である日本はリチウムイオン電池ではリチウム、コバルト、黒鉛などの原材料をほとんど輸入しなければならないのですが、ペロブスカイトの主要な原料であるヨウ素の生産において、日本はチリに次いで世界第2位。 さらに世界中の採掘可能なヨウ素の80%が日本に存在すると言われていて、経済安全保障上も日本に大きなメリットがあります。何とかして日本の主要産品として世界中に輸出できるように育てたい。そう思わせる理由がありますよね。ただ、現時点でペロブスカイト太陽電池は水分や酸素に弱くて劣化しやすく、 実用型のサイズだとシリコン型の量産品のエネルギー変換率(20%超)に及びません。この辺りをブレークスルーできれば(非常に実現可能とされています)一気に普及が進むと思われます。富士経済はペロブスカイトの世界市場規模が2035年には1.2兆円、 2040年には2.4兆円になると予測しています。
ペロブスカイト太陽電池の開発には大きく分けて2つの方向性があり、単体で使う「薄膜型」とシリコン型と組み合わせて使う「タンデム型」となっています。タンデム(Tandem)には「2つ以上の協力によって」という意味があり、 観光地によくあるサドルとペダルがふた組ついた自転車を「タンデム自転車」と呼ぶことを思えばイメージがつきやすいのではないでしょうか。つまりタンデム型は従来のシリコン型にペロブスカイトを積層して、シリコン型単独でのエネルギー変換効率を大幅に引き上げたものです。 ですから「硬くて重い」欠点はシリコン型から引き継ぐことになります。これに対して「薄膜型」は軽くて曲げられるのですが、前述のように変換効率でシリコン型に追い付いていません。
ここまで日本勢(積水化学・東芝エネルギーシステムズ・アイシン・リコーなど)は薄膜型に強みを持ち、シリコン型で圧倒的な占有率を持つ中国勢はタンデム型の普及を狙う戦略のようです。太陽電池だけでなく、 半導体・液晶パネル・リチウムイオン電池でも中国に惨敗を重ねてきた景色を見てきた私には「すでに市場が存在するタンデム型普及を狙う中国」と「これから用途を開発しなければならない薄膜型の日本」では、またもや惨敗の歴史を繰り返すことになるのではないか、 「日本発祥の技術」というのも霞んでいくのではないかという不安を強く感じます。理由は2つ。一つ目は発明者の宮坂先生が「現実に製品化されるのを予想できなかったため」多額の費用かかるが国際特許を取得していなかったこと。 二つ目は日本勢各社が「太陽電池専業」ではなく「ある企業の一部門」としての取り組みであり、思い切った投資できない恐れがあるからです。それに対して中国勢は主要11社(これもすごい)の英語社名に「solar」が入る企業が5社もあり、 政府系資金も含めて集中投資ができる土壌がすでに形成されているのではないかと想像されるからです。
かつては日本の得意分野であったソーラーパネルは中国に市場を奪われました。彼らは膨大な中国市場での普及により利益を上げるシナリオを描き、アメリカで上場して資金を調達しました。「儲かる」と予想できればアメリカの投資家は中国企業だろうと投資します。 ウォーレン・バフェットがBYDに投資したのもそういう流れです。そういう儲けられるシナリオを日本企業は書けなかった。だから投資できるおカネも圧倒的に少なかった。結果、莫大な設備投資が必要なソーラーパネルで大惨敗することになります。
では、今回ペロブスカイト太陽電池で敗北の繰り返しを防ぐことはできるのか?
私は薄膜型しか使えない「用途開発」がカギだと思います。屋根置きやメガソーラーでコスト競争してもシリコン型やタンデム型に太刀打ちできないでしょう。薄膜型でしか実現できない用途の開発ができれば、開発のゴールが設定できます。 「屋根置き」ではないペロブスカイトパネルの「ビルの壁面設置」などはすでにあちこちで実証実験が開始されているようなのでワキに置いておいて・・・軽くて曲げられることによって生きる用途。何かないでしょうか?経産省がこの技術を分かりやすく解説(これが大切)して、 日本中の高校生や大学生から「用途」を募集したら、彼らは何か突拍子もないことを考えてくれるのではないか。オトナのアタマはコチコチですから、なんなら中学生まで対象を広げてもいいかもしれませんね。
そして最後にもう一つ。「ペロブスカイト」という名前ですが・・・覚えにくいし、言いにくいし、「日本発祥」を想起させるわけでもない・・・前項で提案した「用途アイディア募集」と同時に呼称も募集したらどうでしょう。普及するのは2035年以降(前述の富士総研の予測)ですから、 そのころ社会で活躍を始める皆さんに呼びやすくて日本らしい名前を付けていただくのがいいと思います。そして将来、日本が「中国にヨウ素を供給するだけの資源国」になってしまわないよう、心から願っています。・・・だから私たち日本の電池屋が「ペロブスカイト?なんじゃそりゃ」ではいけませんよね。(了)
「老いた電池売りの独白」...フューロジック代表・田中景が、日米で40年近く電池の営業をしてきて思う、電池の現在過去未来、営業とは、国際感覚とは、そして経営とは、、を綴った連載です。
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