エピソード047 <充電LED>

  約40年前、充電式の電動工具の黎明期のことです。

 この分野のリーディングメーカーはA社。それをB社が激しく追いかける構図で業界が動き出しました。私は28歳、B社に電池を販売する営業担当です。
 この時代、リチウムイオンはおろか、まだニッケル水素電池も発売されていません。電動工具用の電池はニッケルカドミウム(ニカド)電池一択、そして三洋一択でした(理由は後述します)。

  A社がどう見ていたかは分かりませんが、B社のA社に対するライバル意識はすさまじく、絶えずA社の動向を注目し、自社製品との比較をし、顧客に自社の優位性を訴求していました。そんな中、 B社のサービスセンターにはヘビーユーザーである大工さんたちから「午前の作業を終わって1時間の昼休みに充電しても1時間で充電が終わらない。そのために1時間急速充電器を買ったのにおかしいじゃないか」というクレームが続出するようになります。B社幹部をことさらイライラさせたのは、 大工さんたちがこぞって「A社の充電器は必ず1時間で充電が終わるのに」と付け加えることです。

 現代のリチウムイオンに慣れた技術者が聞いたら卒倒しちゃうかもしれませんが、当時は「充電IC」などありません。ニカド電池に直接取り付けたブレーカが頼り。電池の表面温度が上がってブレーカが開くと充電完了、漫画みたいにアナログですよね。
  では、なぜ電池の表面温度が上がるのか。それは電池が過充電状態になっているからです。つまり、当時は充電するたびに電池を過充電して使っていたのです。それで大した事故も起きなかったのですからニカド電池はタフでしたね。今、リチウムイオンにそんなことをしては絶対にいけませんよ。
  という理屈ですので、もしも電池が空っぽで、周りがものすごく寒い場合などは電池の表面温度が上がるのがゆっくりとなり、結果として1時間で充電が完了しないことが想定されていました。取り扱い説明書にも書いてあります。B社としてもそういう場合は丁寧に説明して「ご理解をいただく」のですが、 ご理解してくれた大工さんたちが電話を切る直前の一言がB社を焦らせます。「でも、A社の充電器は大丈夫なんだよなぁ」

  工具メーカーにとって大工さんたちは重要な需要セグメントです。彼らの横のつながり・・・口コミも占有率に影響します。ある時ついに「田中さん、三洋電機さんに相談させてもらえないだろうか。一度充電器の技術の方にお目にかかりたいのだが・・・」という話になり、 「三洋がA社に充電器を売っているわけではないから、原因なんて分からないよ」と渋る三洋の技術者を何とか引っ張り出して会議をしました。
 とはいえ、何がA社とB社の違いなのかをディスカッションで見つけ出すのは難しく・・・電池も同じ三洋製、ブレーカも同一、充電制御方法にも目立った違いはなさそう・・・結局、三洋が持ち帰って検討してみる、ということになりました。

  A社・B社とも三洋の電池を使っていたのは、他社の電池に比べて大電流の放電ができたから・・・つまりネジやボルトを強力に締め付けることができるからです。締め付けるときより、実は緩める時の方が電流をたくさん流します。だから流せる電流が大きくないと「このドライバーで締めたネジが、 同じドライバーで緩められない」という致命的な現象がおきるので、A社・B社だけではなく海外のメーカーもほとんど三洋のニカド電池を使っていました。そういうこともあり、業界では「困ったら三洋電機に相談」と頼られていたのです。

  ・・・数か月後、B社まで来てくれた三洋の技術者から電話があり「田中君、なんか分かったような気がするよ」と。「A社さんの電池をA社さんの充電器で充電試験してみたんだけど、空っぽの電池も、5分しか使っていない電池も、全部60分ぴったりでLEDが切れる」「え? 」「これはどういうことか分かるかい?」「ええと・・・」「ウチがB社さんにA社さんの情報を教えるわけにはいかないから、ボクが言えるのはここまで」「でも、あの・・・」「要するに『満充電になる』ということと『LEDが消える』ということは、必ずしも同じ意味ではないということだよ」

  皆さん、お分かりになりましたか。正解は・・・A社の充電器には電池が差し込まれたら60分ちょうどでLEDが消灯するタイマー回路が入っていたのです(註:あくまで当時のお話です)。5分しか使っていない電池ではとっくに充電が終了しているけど、 それでもLEDは60分間点灯している。逆に寒い時は60分では満充電に達していないのに、LEDは60分で切れる。が、充電はLEDが消えた後も続いている。大工さんたちは満充電になったかどうかで判断していない(そもそもできない)。 LEDがついているかどうかだけで判断している(せざるを得ない)。実際に満充電になったかどうかと関係なくLEDは60分で消灯。
 この事実を知ったB社の技術者の反応はぴったり二分されたそうです。「A社さん、キタネーなあ!」vs「アッタマイイなあ!」・・・皆さんはどっちですか?

  あなたはこのお話を「昭和のテクノロジーだよね」と笑いましたか?・・・時は流れ、電池のテクノロジーは大幅に進歩しましたが、電池の充電状態を外から直接見る方法は今でもないのですよ。私たちが見ることができるのはLEDやLCDの表示だけ。 その表示器そのものや周辺回路が壊れていたとしても誰にも分かりません。壊れていなくても充電状態の表示があまり信じられないことは、皆さん携帯電話で経験済みでしょう。
  思い出すのは私の英語の師匠だった専務です。彼は電卓を信じませんでした。かつて電卓のLEDが壊れていて「8」が「0」と表示され、見積もりを出したお客さんとトラブルになった苦い経験があったということで「電卓で計算したの?そんな数字、信用できるもんか」と言ってそろばんで検算していました。 「そろばんは道具、故障はしない。電卓は機械、故障があるという前提でつきあわないとダメだよ。ボクは電卓の数字をそのまま信じるような野蛮人じゃないんだよ」
  でもなぁ、電池の容量を測るそろばんはないもんなあ。ときどき妻が「そのエネループ充電してあるの?してないの?」とテーブルの上の単四を指さして聞いてきますが、電池屋40年の私でも分かりません。「それでも電池屋さんなの?」と食い下がられてもムリ。充電器に入れてLEDを見るしかありません。 野蛮人だろうが何だろうがLEDやディスプレイを信じるしか方法がない。そういう意味ではEV(電気自動車)時代を生きるわれわれも、あの時代の大工さんたちとあまり変わっていないのです。技術進化のエアポケット・・・なのかも知れませんね。(了)



「老いた電池売りの独白」...フューロジック代表・田中景が、日米で40年近く電池の営業をしてきて思う、電池の現在過去未来、営業とは、国際感覚とは、そして経営とは、、を綴った連載です。


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