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Episode 017: Opening Our Own Lab

In January 2023, our company will start the battery evaluation and inspection business at the Fulogic I.C.E. Lab. I.C.E. stands for Inspection, Cycle (charging and discharging), and Evaluation of the batteries. Why is our company, a trading firm, now entering the evaluation business? In this episode, I would like to explain the reasoning behind this decision. As you may know, the demand for lithium-ion batteries is surging worldwide. The biggest driver of this demand is electric vehicles (EVs) .   In 2020, the total global shipment value of lithium-ion batteries was 5.9 trillion yen , of which 54% was for EVs. In 2021, the market grew to 8.4 trillion yen , with 58% going to EVs. The industry's growth rate was an explosive 142% in just one year , and the proportion occupied by EVs are increasing. So, how many lithium-ion batteries does an EV use? To put it simply, an EV uses 5,000 to 10,000 times the amount of battery capacity as a smartphone. From a battery manufacturer's ...

エピソード055 <昭和デンキ屋ドタバタ年末年始>

 年末、娘に「クリスマスだけど、何が欲しい?」と聞かれてムニャムニャ答えられずにいたら「ったく、自分の欲しいものもわかんないの?」とやられました。それで真剣に考えてみたのですが、今、本当に「欲しいもの」というものが思いつきません。  振り返ると、私が家電量販店の店員をしていた1980年代前半は、すべての家庭にすべての家電品がいきわたっていたわけではなかったので、みんな「次はこれを買いたい」という欲求を強く持っていた時代でした。扇風機からエアコンに、白黒テレビからカラーテレビに、二層式洗濯機から全自動に、そして花形は家庭用ならビデオデッキと電子レンジ、個人用ならウォークマン・・・インターネットがない時代、家電量販店は「今、どんな新製品が発売されているのだろう」という好奇心旺盛な人たちのショウケースであり、店員たちも閉店後に新製品勉強会を繰り返してお客さんの質問に備え続けていなくてはなりませんでした。  と言えば、昭和の店員たちは勤勉で勉強熱心だったんだなあと思われるかもしれませんが、実はお客さんの方が詳しくて、売り場で防戦一方になることも多かったですね。ことほど左様に家電業界は「次はこれを買いたい」というお客さんたちの熱に支えられていました。だからボーナス支給直後の年末のデンキ屋は、ドタバタな熱気に包まれていました。  まずはビデオデッキのお話です。テレビ番組を録画して後から見ることができる・・・画期的じゃないですか(苦笑)。12月に入るとどのメーカーも年末のテレビ番組を録画しようというテレビコマーシャルをガンガン流します。計画的なお宅は早めに注文し、店が無料で配達・設置するのですが、大みそかに家族連れで来店し、お持ち帰りになるお客さんもいました。そういう場合「あと少しで紅白歌合戦(当時の視聴率は70%超!)なのに録画できない」のようなことにならないように店頭で配線の実演をします。ほとんどのお客さんが真剣に聞いてくれますが、要注意なのは家族連れで来店され、奥さんや子供たちの前でイキがるタイプのお父さんで・・・  その年の大晦日、私は駐車場で社有車に乗って待機、予期せぬクレームに備えていました。案の定、夕方7時にサービス課から無線(当時、携帯電話はありません)で「8号車田中さん、鎌倉の材木座に至急向かってください。本日お持ち帰りのビデオデッキが故障しているとのこと。どう...

エピソード054 <ペン著>

 電池の専門書とかビジネス雑誌とか、経営者(ハシクレですが)としてもっと他に読むべき本があるはずなのに、突然どうしても読みたくなって、向田邦子さんのエッセイ集「夜中の薔薇」をネットで買って高校時代以来久しぶりに読みました。かつては愛読書だったのですが、日本 → アメリカ → 日本 と10回以上の引っ越しで、持っていた本はほとんどその時々の周囲の人たちに譲ってしまったので、しょうがなく今回もう一度買ったのです。  向田邦子(むこうだ・くにこ)さんは1929年生まれの脚本家(「寺内貫太郎一家」など)兼エッセイスト兼小説家で、特にエッセイの達人として有名でした。1980年に短編小説集で直木賞を受賞しましたが、その翌年に台湾で航空機事故に遭い亡くなりました。もう43年も前のことですので、若い方はご存じないかもしれませんね。  再読してみると、今もモチーフの見つけ方と展開に翻弄されます。天才という言葉を乱用したくありませんが、ここに一人いた、という感じです。  今回、改めてハッとしたのは「・・・それでなくても汚い字の原稿を赤ペンでもっと汚くして・・・」という記述です。「そこかよ」と思われるかもしれませんが、私は「向田さんはペンで原稿を書いていたのだなあ」と、改めて茫然としました。  私が向田作品を初めて読んだとき(遠い昔です)は、PCはおろかワープロ(ワード・プロセッサ)すらなかった時代でした。そう思って調べてみると、日本語ワープロは1977年にシャープが開発し、 1980年ごろから徐々に普及し始めたそうですから1981年に亡くなった向田さんがペンで書いていたのとつじつまが合います。私たちの学生時代、学校からのいろんなお知らせは手書きのガリ版印刷(分からない人はネット検索してください)でしたし、就職後も報告書や週報を手書きしていました。だからこの1980年が「手書きからタイピング」のターニングポイントだったのだと思われます。「書き方」の歴史的革命の幕開けですよね。仕事の方では、この少し後からいろいろなワープロメーカーに電池を使ってもらいました。最初はニカドで、すぐにニッケル水素になって、リチウムイオンの時代が来て・・・そして間もなくPCの時代になっていきました。  ・・・そして今、私はこの連載をそのPCで「書いて」います。  実際の自分の作業を思い返してみると、まず書きたいこ...

エピソード053 <テレビ放送の終焉・・・船井電機と闇バイト>

   こんなに毎日テレビで「闇バイトの実行犯は使い捨て」「数万円の報酬で犯罪者にされてしまう」と報道されているのに、なぜそういう危険な求人に応募する人が減らないの?そんなにウマい話なんかあるわけないのに、なぜ騙されるの・・・?  最近、テレビを見ながら妻が繰り返しつぶやきます。私は多分その答えを知っています。彼らはテレビを見ないのです。  テレビが売れなくなりました。国内のテレビの出荷台数は、地デジ特需があった2010年に2500万台を記録して以降、2014年から2023年までの10年の平均は490万台・・・直滑降的な急落です。一度2500万台生産できる能力を作ってしまってから、それ以後の需要が5分の1になったら採算をとるのは非常にむずかしい。結果として、この数年で三菱や日立はテレビ事業から撤退、東芝は事業をそっくり中国企業に売却してしまいました。今や量販店で日本ブランドのテレビが売られているのを見つけられるのは日本だけで、世界中のどこでもテレビ売り場のほとんどが中韓勢、数年後には日本もそうなってしまうかも知れません。いや、もうそうなりかけています。すでにLG(韓国)、TCL(中国)は大きな売り場を確保していますし、以前は東芝のブランドだったREGZAも現在は実質中国ハイセンスです。国内にはそれでもまだ日本ブランドがまだありますが、一部の東南アジアの若者世代はPanasonicやSONYがテレビを作っている(いた?)ことを知らないそうですから、栄華を誇った家電のジャパンブランドは見る影もありません。  そして今年10月、船井電機が破産しました。ピンとこない方も多いかもしれませんが、アメリカに長く住んでいた私にはかなりの驚きでした。日本ではマイナーだったFUNAIブランドですが、90年代から00年代のアメリカの量販店での露出は突出していて、米国内占有率がトップになった時期もあります。週末、ウォルマートやKマートのだだっ広い駐車場で、アメリカ仕様の巨大な買い物カートにFUNAIマークの薄くてデカいテレビの箱を斜めに入れて、ピックアップトラックやSUVに運んでいく楽しそうな家族連れは見慣れた風景・・・ひょっとしたらアメリカ人たちはFUNAIが日本企業だと思っていなかったかもしれません。それほど日本人よりアメリカ人に浸透したブランドでした。   FUNAIの大型テレ...

エピソード052 <ティピカル アメリカン>

 「日本人が考えそうなことだ」「日本人はそう答えるか、やっぱりな」・・・アメリカ時代、こういうふうにJapaneseとしてヒトククリにされるのが、私は大嫌いでした。日本人だって1.2億人もいるんだから全部同じな訳ないじゃないか、と心の中で憤っていましたが、なんでも本社に確認しなければならいルールがあったりして、そう言われても仕方がない場合も確かにあります。でも、したり顔でうなずきながら「I knew you would say so(君はそう言うと分かっていたよ)」と言われるとカチンときます。  そのくせアメリカ人たちは、何の基準か自分自身をtypical American(平均的アメリカ人)と言って、二言目には「オレは平均的アメリカ人だから」という前置きでしゃべりだすことがあります。私の最後のサラリーマン時代の同僚がまさにそれを連発する男でした。アメリカに住んでいた頃は一緒に日本の電池メーカーに出張したりしていた仲ですが、私が日本に帰ってきてしまったので、最近は一人で東京や大阪に出没しているようです。先日も東京に来たので、私の行きつけの新大久保の居酒屋(ちなみに彼もここが大好きで、薄暗い地下に降りていく雰囲気が秘密っぽいと言って、スーパー・エスニック・シークレット・プレース、略してSESPなどと呼んでいます)で話し込みました。席に着くなり英語のメニューの一角を指で差して・・・  「タナカサン、知っているだろう、オレがこの店のこいつを好きなことを。イーダメイムとキャーラエイジを注文してくれよ」  いいけど。でも日本のどこに行ってもイーダメイムを理解できる日本人はいないと思うよ。  「一度そう覚えてしまったんだ。なかなか変えられないよ。いいかい、オレは平均的アメリカ人なんだ。正しい日本語で発音することなんてできっこないじゃないか」という具合。  彼が東京に来ると、電車に乗ってどこかに一緒に行くこともあります。彼は日本の鉄道システムをほとんど「尊敬」していて、その日もグレートだのファービュラスだのと小うるさいほど私に話しかけてきます。なんだよ、少し静かにしていてくれよ、と私が突き放すと  「知っているだろう、オレは平均的アメリカ人なんだ。こんなに時間通りで快適な乗り物を称賛せずに黙って乗っていられるわけないじゃないか」  アンタさあ、オレだってアンタ以外のアメリカ人をい...

エピソード051 <書籍化・発売のお知らせ>

 皆さん、突然ですがこの連載が書籍化・発売されました。以下、その経緯です。   ・・・今年2月、私は出版社に原稿を送り、そのあと担当者に面談してもらって本にしてもらえないか相談していました。担当者は事前に一読してくれていて「まあ、面白くないこともないですね。ただ、相当手を入れないといけませんが」と原稿のプリントアウトに視線を落としたままボソッと言います。   「相当、手を入れないといけませんか?・・・たとえばどんなところですか?」   「・・・たくさんありますが、たとえばここ。田中さんは・・・駅のアナウンスがその電車が『A駅、B駅、C駅・・・・には止まりません』と書いていますね。駅に電車は『停まる』のです。『止まる』のは故障とか事故とかの時ですね」  「え、そんなコマカイ・・・」   「出版するには『そんなコマカイ』ことが重要なんです。それからここ『・・・東からも、西からもインディアンが迫ってくる!』・・・インディアンは使っちゃいけない差別用語です。ほかの表現を考えないといけません」   「でも、もしインディアンを『ネイティブアメリカン』や『アメリカ先住民』に変えちゃうとヘンテコですよ。『アメリカ先住民たちが迫ってくる』だと、斧やライフルを持って攻めてきているような緊迫感が出ないし・・・」   「出版するにはルールがあるんです。ダメなものはダメなんですよ・・・頑張って修正して、書き直して仕上げる覚悟があるんだったら、もう一度最後まで原稿をチェックしてお返しします。発売の目標は11月の読書週間前にしましょう。エピソードの掲載順の検討と、 追加・削除・加筆・修正のチャンスは2回。これを8月までに終わらせないと間に合いませんが・・・田中さん、お仕事をしながら頑張れますか?」  数日後、戻ってきた校正原稿には無慮ボーダイな赤ペンが・・・誤字・脱字・不適切語・差別用語・・・想像をはるかに超えた量です。  「・・・ボ、ボクは、こんなに間違いや問題が多い文章を配信していたのでしょうか」   「まあ、そういうことになります」  「でも、40回以上も配信して、誰にも指摘されたことはないんですけど・・・」  「タダで配信されたブログの文章の間違いを指摘することなんか、よっぽど変わった人でなければしませんよ。ただ・・・」  「ただ・・・?」   「・・・中には中学生並みの誤字もありました...

エピソード050 <ダチョウ的>

  ダチョウは、危機が迫ると砂の中に頭を突っ込んで危機が去るのを待つんだそうです。時速60~70Kmで走ることができるのに、逃げずにそういうことをするのは「体のわりに脳が小さくてバカだから」だとか。確かに砂に首を突っ込むと目の前の危機は見えなくはなりますが、 砂から首を出した時にはボディは焼き鳥になっているかもしれないのに、不思議な習性です。  このことは英語圏でもよく知られているようで、A man like an ostrich(ダチョウなような男)といえば「意図的に無計画なヤツ」「肝心なものをわざと見えない振りをするヤツ」ということになるそうです。あなたの周りにその傾向がある人物、いませんか?・・・ほかにもオーストリッチを使ったいろいろな英語のフレーズがあるようで・・・  Ostrich Effect(ダチョウ効果)・・・たとえば健康診断で「要診察」ポイントがあるのに奥さんに検診結果を見せないで隠してしまう、とか。  Ostrich Peace(ダチョウの平和)・・・たとえばウクライナやパレスチナの問題を国会で質疑する立場なのにエッフェル塔で写真を撮ってSNSにあげる、とか。  Ostrich Policy(ダチョウ主義)・・・事なかれ主義。たとえばきょう結論を出さないといけない喫緊の課題の激しい議論を「まあまあ」となだめて先送りしようとする、とか。  そんな中で、私たちが特に気を付けなければならないのがOstrich Management(ダチョウ的経営)です。その典型的な例だと言われるのがカメラ用フィルムの最大手メーカーだったコダック(Eastman Kodak Co.)です。   コダックは1892年設立のアメリカの名門企業ですが、2012年に倒産しました。理由は、1990年代から爆発的にデジタルカメラが普及して、主力製品である銀塩フィルムの販売数が激減したため・・・と一般には理解されています。が、実はもっとずっとダチョウ的だったようで、 まさか・・・と思うかもしれませんが、世界で初めてデジタルカメラを開発したのもコダックだった(1975年)のです。しかし、最大の収益源である「フィルムの売り上げに悪影響を及ぼすから」発売どころか発表もしなかった・・・一方、 そのころコダックに次ぐ世界第2位のフィルムメーカーだった富士写真フイルム(現在の富士フイルム)は、1...