エピソード053 <テレビ放送の終焉・・・船井電機と闇バイト>
こんなに毎日テレビで「闇バイトの実行犯は使い捨て」「数万円の報酬で犯罪者にされてしまう」と報道されているのに、なぜそういう危険な求人に応募する人が減らないの?そんなにウマい話なんかあるわけないのに、なぜ騙されるの・・・?
最近、テレビを見ながら妻が繰り返しつぶやきます。私は多分その答えを知っています。彼らはテレビを見ないのです。
テレビが売れなくなりました。国内のテレビの出荷台数は、地デジ特需があった2010年に2500万台を記録して以降、2014年から2023年までの10年の平均は490万台・・・直滑降的な急落です。一度2500万台生産できる能力を作ってしまってから、それ以後の需要が5分の1になったら採算をとるのは非常にむずかしい。結果として、この数年で三菱や日立はテレビ事業から撤退、東芝は事業をそっくり中国企業に売却してしまいました。今や量販店で日本ブランドのテレビが売られているのを見つけられるのは日本だけで、世界中のどこでもテレビ売り場のほとんどが中韓勢、数年後には日本もそうなってしまうかも知れません。いや、もうそうなりかけています。すでにLG(韓国)、TCL(中国)は大きな売り場を確保していますし、以前は東芝のブランドだったREGZAも現在は実質中国ハイセンスです。国内にはそれでもまだ日本ブランドがまだありますが、一部の東南アジアの若者世代はPanasonicやSONYがテレビを作っている(いた?)ことを知らないそうですから、を誇った家電のジャパンブランドは見る影もありません。
そして今年10月、船井電機が破産しました。ピンとこない方も多いかもしれませんが、アメリカに長く住んでいた私にはかなりの驚きでした。日本ではマイナーだったFUNAIブランドですが、90年代から00年代のアメリカの量販店での露出は突出していて、米国内占有率がトップになった時期もあります。週末、ウォルマートやKマートのだだっ広い駐車場で、アメリカ仕様の巨大な買い物カートにFUNAIマークの薄くてデカいテレビの箱を斜めに入れて、ピックアップトラックやSUVに運んでいく楽しそうな家族連れは見慣れた風景・・・ひょっとしたらアメリカ人たちはFUNAIが日本企業だと思っていなかったかもしれません。それほど日本人よりアメリカ人に浸透したブランドでした。
FUNAIの大型テレビをアメリカの家族連れが持ち帰っていた時代、日本でもテレビは各部屋に設置されていました。リビングと寝室はもちろん、キッチンにはママ専用の棚から吊り下げるタイプがあり、お風呂専用タイプがあり、VHSデッキと一体になった「テレビデオ」も大ヒットし、気が利いた床屋では左右が反対に映る「位相反転」テレビで鏡の中で高校野球を見せていました。あれだけの多種で「いつでも」「どこでも」見ていたテレビの需要はどこに行ってしまったのでしょうか。
私は多分、その答えも知っています。若い人たちを中心にテレビ離れが急速に進んでいるのです。特に一人暮らしの場合は部屋にテレビを設置しないことが多く、情報はもっぱらスマホで入手します。するとどうなるか?
今回のエピソードを書くにあたりいろいろ調べていて、2つの言葉を知りました。「フィルターバブル」と「エコーチェンバー」です。以下、NTTコミュニケーションズのHPから引用します。
「フィルターバブル」は、ユーザーの好みを学習したアルゴリズムによって、そのユーザーが好む情報ばかりがやってくるような環境をいいます。
「エコーチェンバー」とは、SNS上で、自分と似たような価値観や考え方のユーザーをフォローすることで、同じようなニュースや情報ばかりが流通する閉じた情報環境のことをいいます。
テレビの放送を見ないでスマホで情報を得る人たちは、フィルターバブルの「泡」のなかに閉じこもり「泡」の外の情報には触れられないのです。短期間に稼げる仕事を検索し続けることによって「超高額日払いバイト」「リスクなしのホワイト案件」というような危険な広告には行きつきますが、その帰結である「闇バイトによる強盗犯逮捕」「同じ指示役による犯行か」というニュースには到達しません。エコー(こだま)チェンバー(小部屋)の中では正誤に関係なく同じ情報が反響し繰り返され、外の世界の価値観に触れることができない・・・きわめて危険な環境であるにもかかわらず、泡の中や小部屋の中では危険性が認知できない。そして闇バイトに・・・ということになっているのでしょう。
だから毎日のように、テレビで警察出身のコメンテーターが「必ず捕まる」「人生を棒に振る」「実行犯は使い捨て、指示役だけがいい思いをする」と熱弁をふるっても、テレビを見ない彼らには伝わらない。まして借金があったり今日の食べ物にも困ったりして、危ない仕事だとなかば分かりながら応募する人達は、置いただけでNHK に受信料を請求されるテレビを持とうとは思わない。彼らにとってネガティブな情報・・・逮捕されるリスク、使い捨てにされるリスク・・・を、彼らに伝える手段が無いのです。あふれるほどの情報社会であるはずの現代なのに、伝えようがない。
ある日の新聞の社会面に並んでいた二つの記事・・・船井電機と闇バイト。考えてみるとこの二つは「テレビを見ない人が多くなった」という一点でつながっています。
全国民がある程度テレビを見れば、闇バイトの応募者もかなり減らすことができるのではないかと思いますが、今日、莫大な製作費がかかるドラマや放映権が高いタイトルマッチなどは、もう地上波では見られなくなり、見たければ「放送」ではなく「配信」を見なければいけなくなりました。コンテンツの魅力という点でテレビに勝ち目はなさそうです。全国民にテレビを見ろと言っても無理そうです。
こうして、かつてテレビが負っていた「国民的な情報共有」という役目は風前の灯になり、テレビ放送という媒体は確実に衰退しています。今でもわが家は朝起きてから夜寝るまでほとんどの時間でテレビがつけっぱなしですが、それは積極的に視聴しているのではなく長年の「習慣」に過ぎません。大量に存在するようになったその「習慣」を持たない人にテレビを見てもらうのは非常に難しい。だから今後もテレビは売れそうもない。闇バイトは減りそうもない・・・のかもしれません。
船井電機と闇バイトが「テレビ放送の終焉」の兆しだとしたら、それは私が思うよりずっと速いスピードで来てしまうような気がします。気が付くと、いつの間にかわが家のテレビのリモコンにも配信サービスやユーチューブのボタンが忍び込んでいました。 (了)
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