エピソード052 <ティピカル アメリカン>

 「日本人が考えそうなことだ」「日本人はそう答えるか、やっぱりな」・・・アメリカ時代、こういうふうにJapaneseとしてヒトククリにされるのが、私は大嫌いでした。日本人だって1.2億人もいるんだから全部同じな訳ないじゃないか、と心の中で憤っていましたが、なんでも本社に確認しなければならいルールがあったりして、そう言われても仕方がない場合も確かにあります。でも、したり顔でうなずきながら「I knew you would say so(君はそう言うと分かっていたよ)」と言われるとカチンときます。

 そのくせアメリカ人たちは、何の基準か自分自身をtypical American(平均的アメリカ人)と言って、二言目には「オレは平均的アメリカ人だから」という前置きでしゃべりだすことがあります。私の最後のサラリーマン時代の同僚がまさにそれを連発する男でした。アメリカに住んでいた頃は一緒に日本の電池メーカーに出張したりしていた仲ですが、私が日本に帰ってきてしまったので、最近は一人で東京や大阪に出没しているようです。先日も東京に来たので、私の行きつけの新大久保の居酒屋(ちなみに彼もここが大好きで、薄暗い地下に降りていく雰囲気が秘密っぽいと言って、スーパー・エスニック・シークレット・プレース、略してSESPなどと呼んでいます)で話し込みました。席に着くなり英語のメニューの一角を指で差して・・・

 「タナカサン、知っているだろう、オレがこの店のこいつを好きなことを。イーダメイムとキャーラエイジを注文してくれよ」

 いいけど。でも日本のどこに行ってもイーダメイムを理解できる日本人はいないと思うよ。

 「一度そう覚えてしまったんだ。なかなか変えられないよ。いいかい、オレは平均的アメリカ人なんだ。正しい日本語で発音することなんてできっこないじゃないか」という具合。


 彼が東京に来ると、電車に乗ってどこかに一緒に行くこともあります。彼は日本の鉄道システムをほとんど「尊敬」していて、その日もグレートだのファービュラスだのと小うるさいほど私に話しかけてきます。なんだよ、少し静かにしていてくれよ、と私が突き放すと

 「知っているだろう、オレは平均的アメリカ人なんだ。こんなに時間通りで快適な乗り物を称賛せずに黙って乗っていられるわけないじゃないか」

 アンタさあ、オレだってアンタ以外のアメリカ人をいっぱい知っているけど、アンタほど電車に乗るたびにアメージングがっている人はいないぜ。

 「そんなことより、今の車内放送は何と言っていたんだい?きっと何かとても大事なことに違いない。声の感じで分かるんだ。ねえ、何て言っていたの?」

 だからぁ、前の電車で具合の悪い人がいたから救護したんだと。4分から5分遅れるからごめんなさい、だって。

 「フォーミニッツ?ジャストフォーミニッツの遅れで謝るのか?なんということだ。オレたち平均的アメリカ人には理解できないよ。もしそれがアメリカで起きたら・・・」

 んもう、うるさいなあ。オレだって20年以上アメリカに住んでいたこと、アンタも知っているじゃないか。アメリカの電車なんて運休になっても何の案内もない。そんなのよーく知っているよ。


 そういえば20年ほど前、彼と二人でアメリカから東京に来たときのことを思い出しました。上野のビジネスホテルを拠点にあちこちに行ったのですが、そのホテルの3件ほど隣に一人1万円ぐらいのすし屋さんがあって、その日の交渉がうまくいったお祝いにと、私たちは二人でそのすし屋さんに初めて入りました。ちょうど親方がマグロの骨からスプーンで剥き身をはがしているところで「お客さん、タイミング最高だよ。絶対おいしいから少し食べてみてくださいよ」と言います。するとこれがこのアメリカ人の好みにぴったりだったようで「タナカさん、なぜ今までアンタはこれをシークレットにしていたんだ。これは何という食べ物だ?」と食いついてきます。すし屋の親方が「な・か・お・ち(中落ち)」とカウンター越しに教えてやってくれました。

 すると彼は「オーマイガー!オレはこの、この世で最も重要な単語を覚えておかなければならない」と、親方からボールペンを借りて箸袋の裏に書き込んでいます。以来、彼は行く先々のすし屋だけでなく、居酒屋、定食屋でも「スミマセーン、ナーカオーチありますか?」と日本語で聞きまくり、私はその都度その店のバイト君やパートさんに「いや、コイツ変なヤツなんだ。実はね・・・」と説明しなければならなくなりました。アンタ、平均的アメリカ人はそんなもの頼まないんだよ。


 その頃、彼は私と一緒に日本のコンビニに初めて入りました。とても暑い日で、私が水を買いたかったのです。彼は何も買わずコンビニを出ました。そして私に言ったのです。

 「タナカさん、よくそんなに高い水を買えるもんだな。ただの水なのにガロン当たりで言ったらガソリンより高いじゃないか。オレたち平均的アメリカ人には考えられないね」

 だったらコーラでも飲めば?甘いし、泡も出て水より30円高いだけだぜ

 「ダメ。糖分が多すぎてノーグッドだ。アンタはオレたち平均的アメリカ人がどのぐらい健康保険料を払っているか知っているだろう。糖尿病になったら大変だ」

 だったらガソリンを飲みなよ。安いんだろう?

 ・・・しかし最近では、そんなことがあったことなど忘れたように、夏は1日に何度もコンビニに入り、平均的アメリカ人は飲めないはずのペットボトルの水を買って「実に便利だ。だからアイ・ラブ・トーキョーなんだ」とか言っています。


 明日アメリカに帰るから最後にもう一度SESPに行きたいというので、私たちはまたタクシーで新大久保に向かいました。席に着くなりこの間と同じことを言いかけます。まさにナントカの一つ・・・いや二つ覚え。ほかにもいろいろな料理があるのに。

 「タナカさん、知っているだろう。オレは・・・」

 分かった、分かった。ミスター・ティピカル・アメリカン、イーダメイムとキャーラエイジが食べたいんだろう?

 「そうそう。こういうものが毎日食べられる日本人がうらやましいよ。これに比べればオレたち平均的アメリカ人の食事なんかジャンクそのものだ」

 店のおばちゃんが来ました。「何にしましょう?」

 注文お願いします。ナマ2つと、Eda-MameとKara-Ageをひとつずつ。 (了)


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