エピソード060 <四十肩は飛ばない>
ある年齢以上の方はイントロがなっただけで歌うことができる、ご存じ「巨人の星」のテーマソング・・・ジャーン、ジャカジャッカジャーン・・・♪思い込んだら試練の道を 行くが男のど根性・・・懐かしいですよね。私も子供のころ毎週欠かさず見ていました。 コンダラほど完成度が高い話ではありませんが、私は「寡黙(かもく)」という言葉の意味が通じなくて、会話が成立しない現場を目撃したことがあります。場所は新大久保のお蕎麦屋さん。ここのおかみさんはがらっぱちだけど世話好きで、その日もお客さんの中年女性のお悩みを聞いてあげていました。 こういう話はいっぱいありますが、向田邦子にかかると人生のありふれた覚え違いにも突然セピア色のライトが当たります。彼女の随筆「夜中の薔薇」もシューベルトの歌曲の歌詞「・・・野中の薔薇」を長い間「夜中」と聞き違えていた、というお話で「童は見たり夜中の薔薇」という歌詞は、昔風の広い家で、 夜中にトイレに起きた子供が自分の寝室に戻る途中、子供が見てはいけない「何か」を見てしまった歌ではないか・・・と想像を膨らませています。もともとが「夜中」ではなく「野中」なんだからそういうものを見られるわけはなく・・・もないか。ま、この話はこのぐらいにしておきましょう。 向田さんには「眠る杯(さかずき)」という随筆もあり、これも「荒城の月」の歌詞「・・・巡る杯、影さして」を間違って覚えていたというお話。彼女の周りにはほかにもいろんな覚え違いがあって、 母さんが夜なべをして・・・の歌詞の「せっせと編んだだよー」の部分だけを覚えていて「せっせと安打だよ」と野球の歌だと思っていた人とか、「うさぎ美味しかの山」だと思っていた人とか、枚挙にいとまがありません。そういえば、私の周りにはこんなかわいい聞き間違いもありました。 私の妻には兄と姉がいて、姉は埼玉県の浦和の田口という家に嫁いでいます。彼女が嫁いで初めての年末、いつもなら全兄弟が帰省する実家に当然ながら彼女の姿はありません。こたつに入って家族で彼女の話になり「○○(彼女の名前)ったら、最近電話をかけてくるとき『浦和の田口ですぅ』って言うんだよ。 もうすっかり奥様になっちゃって・・・」などと妻の兄が言い、穏やかで暖かい空気が流れていました。「もうすぐ浦和の奥様から電話がかかってくるよ」と話していたまさにその時、電話(当時は黒いダイヤル式)が鳴ります。すると電話のそばで遊んでいた兄の娘(当時4歳)が「私が出てもいい?」と。 ジイジもバアバもニコニコしながら「いいよ、出てごらん」と言うと彼女は喜んで受話器を取り上げました。そして「ウン、ウン」と二度ほどうなずくとバアバに受話器を差し出します。バアバがわざと「誰からの電話ですか?」と聞くと・・・一同「浦和の田口さん」という答えを期待して固唾を飲んでいたのですが、 彼女の口から出たのは・・・ 先日、新宿御苑を散歩していたら、やっぱり4歳ぐらいのおしゃべりな女の子とお父さんが手をつないで歩いていました。名前はユウちゃん。「私はね」ではなく「ユウちゃんはね」というのでみんなにわかっちゃいます。ユウちゃんと私たちはどういうわけか行く方向がいつも同じになってしまい、 抜いたり抜かれたりになっていました。ユウちゃんはお父さんが大好き。すれ違う誰かが言っていることを、お父さんにも聞こえているはずなのに大きな声で報告します。「お父さん、あっちの池にカメさんがいるんだって」「ピンクの桜は咲いているけど、 白い桜はもう散っちゃったんだって」「毛虫がいるからあの木の下にはいかない方がいいんだって、お父さん、お父さんてば」お父さんは「そう。そうなの」とやさしく答えます。私は何十年か前の妻の実家の「タヌキさん」を思い出していました。この子もおしゃまさんだなあ。 ・・・飛んできたのはシジュウカラ。ユウちゃんは四十肩は知っていたけど、シジュウカラは知らなかったんだもんね。幸い、かわいい報告が聞こえたのはお父さんと私だけのようでした。私はしゃがんで靴の紐を結びなおすふりをしていましたが、肩がふるえていたかもしれません。 (了) ★★★ 【電子書籍版配信開始】本連載をまとめた書籍『デンチンカン主義』が、11月15日に文芸社より出版されました! ★★★
|
コメント
コメントを投稿