エピソード041 <EVが売れない>

 そりゃそうでしょうね。そう思っていました。だって、周囲を見回しても「次、EVに乗り換えたい」っていう人いませんもん・・・と、日本に住んでいるあなたはかるーく受け流すかもしれませんが、ニューヨークタイムスは2月、 「EV販売は2024年に前年割れするのか」という記事を載せました(3月4日プレジデントオンライン 岩田太郎氏の記事)。え、前年割れ?これはかなり深刻です。電池業界、大丈夫かなあ?

 EVは年々2桁(時に3桁)パーセントの伸びであることが当然と言われてきました。何をやるのも遅い日本政府も他国に押されて2035年までにガソリンエンジン車の新車販売停止、東京都は2030年までに中止、諸外国も同じようなタイムテーブルでEVへの移行を推進しています。なぜ、 ここに来て「前年割れの可能性(米国市場)」のようなことになっているのでしょうか。以下、3つの大きな理由を考えてみたいと思います。

 ★理由1  『充電が不便である』
 これはもう言い尽くされているのでさらっと触れますが、「充電設備が少ない」と「充電時間が長い」という2つの問題が解消されていません。もうすぐ解消される見込みも見えてきません。400キロ離れた出先で充電器が見つからない、 あるいは充電器があくまで3時間待ち・・・のような状況を思い浮かべるだけで腰が引ける人が多い。それはごく普通の「恐怖」だと思います。

 ★理由2  『低温に弱い』
 今年1月、シカゴやニューヨークで記録的な寒波が観測され、そのエリアのテスラスーパーチャージャー(急速充電ステーション)が次々に「故障」し、充電切れのクルマが続出した・・・という報道を見ましたが、少しでも電池を勉強した人ならこれは「故障」ではないということが想像できるはずです。 電池は「化学反応の缶詰」、低温だと分子運動である化学反応は起きにくくなります。ましてマイナス20℃を下回る気温であれば、電池を危険な状態から守るために充電を開始しない回路が充電器側に入っていてもおかしくない。仮にうまく充電できたとしても、 低温環境下では常温時に比べて2割~3割放電できる時間が短くなりますし、寒ければ(たくさん電力を消費する)エアコンやシートヒーターも使うでしょう。それによってますます走行距離は短くなります。
 だから「低温では充電できないですよ」「低温では走行距離が短くなりますよ」と消費者に十分な周知しなかったメーカーや、EVのプラスの側面しかPRしないで補助金を出してきた行政にも責任があると私は思います。おそらく今回は充電器の「故障」ではない。 シカゴや北欧など寒冷地でEVを使用することは、今の技術ではかなり難しいのだと思います。

 ★理由3 『下取りが安い』
 私は、これが一番大きな問題だと思います。長年ガソリンエンジン車に乗ってきて「何年乗ったら下取りはいくらぐらい」という公式が頭に入っているドライバーほどEVは乗り換える楽しみが少ない車種に思えるでしょう。
 では、なぜリセール価格が安いのか。「中古はバッテリーが劣化しているのではないか」と心配になりますし、「待てば(航行距離が改善されるなどした)もっといいクルマが出るだろう」という様子見になってしまうということも大きな影響があると思いますが、 私は「補助金」がマーケットをいびつにしてしまっていると考えています。
 日産のホームページによると、今、リーフクラスのEVを東京で購入すると、①国の補助金:85万円 ②エコカー減税48,500円 ③東京都の補助金70万円  合計では160万円近くの補助金・優遇税制が使えるようになっています。同サイトの「おすすめグレード」の車種の価格は約580万円ですが、補助金をフルに使えば約420万円で購入できることになります。こうしてEVに乗ったけど、 すぐに違う車種に乗り換えたいということになった(理由はたくさん想像できます。自宅そばの充電スタンドに行ったら長蛇の列だった、とか)としたら・・・中古車を買う側も補助金制度は知っていますから580万円が新車価格の基準だとは思っていません。スタートは420万円です。 昨日買ったばかりのクルマでも420万円以上で売れることはほぼ期待できません。もっとも、中古車にもエコカー減税など適用される優遇措置はあります。また登録する自治体によってはほかの補助金が使えることもあるようですが、私だったらピカピカの新古車でも420 万円以上は出さないと思います。さらに、 次々に発表される後続車種はもっと走ってもっと安いですし。

 ところで、最初に補助金を出してEVを普及させようとしたドイツとフランスは、現在は補助金制度をかなり縮小してしまいました。これは制度開始後にロシアがウクライナに侵攻したため、ロシア産の安い原油で発電ができなくなったからが主な理由ですが、欧州勢の変わり身の早さにはいつも感心(? )させられます。ルールに合わせようとする私たちと違って、ヨーロッパ勢はルールの方を変えちゃいます。余談ですが、かつて柔道やスキージャンプの国際ルールを大幅に変えて、自国選手に有利にしてきたのも欧州勢でした。
 日本も彼らを見習って(?)補助金制度を考え直してみることも考えてみるべきだと思いますが、一度作ったものを撤回・修正するのは日本人にはかなり難しい。オーバーオールのCO2削減には日本初の技術の「ハイブリッド」がEVより現時点でかなり有効だと言われていますが、 それを世界に訴求することなく、なんとなくEV。
 制度を作るのは政治家です。普及するにはまだまだ技術的な問題が多いEVなのに、「環境意識の高い政治家」のイメージを作りたいために、補助金でさらにマーケットを複雑にしていく・・・あるべき姿ではありませんね。

 今、世界のリチウムイオン電池の用途で「自動車用」と「それ以外」の比率は、おそらく7対3ぐらい。スマホやPCなど3割の「それ以外」の方の伸長率はほぼ横ばいで、イオン電池原料の需要増加の要因は「自動車用」の方ですから、 こっちの伸びが止まると原材料レベルでの大幅な生産調整が始まるのかも知れません。行き場を失った電池原料が行く先は、おそらく蓄電(ソーラー・風車など)でしょう。が、こちらの方も「補助金事業」であることが多く、市場原理通りの流通状況ができるかどうかは甚だ不透明です。
 EVが売れない。その理由を、今立ち止まって考えてみることが必要です。「EV推進派」イコール「環境意識が高い人たち」と考えるのはおかしい。地球温暖化は止めなければなりませんが、EVや太陽光発電が普及させればいいというものではないと思います。

  本稿校了直前に「テスラ低価格EVの開発を中止」というニュースが報道されました。長く続いた「電池不足」から、急激に供給過剰時代に入っていくのかも知れません。 (了)



「老いた電池売りの独白」...フューロジック代表・田中景が、日米で40年近く電池の営業をしてきて思う、電池の現在過去未来、営業とは、国際感覚とは、そして経営とは、、を綴った新連載です。


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