エピソード036 <ジャッジしましょう>

  取引先の担当者で、日本人をからかうのが大好きなラリーがニヤニヤしながら言います。タナカさん、いい話を聞いたんだ。聞いてくれよ。

  ・・・国際線の旅客機が海に不時着して、3人のビジネスマンが救命ボートに乗って流されていた。仕立てのいいスーツを着たアメリカ人、全身ブランド物でキメたおしゃれなイタリア人、大きなカバンを大事そうに持った野暮ったい日本人。海流に乗り3人は無人島に流れ着いた。すると後からもう一人、 おぼれて瀕死の美女が同じ島に流れ着いた。3人は協力して美女を介抱し、3日後彼女は意識を取り戻した。彼女は3人に感謝の言葉を贈り「私が生きているのはあなた方のおかげです。あなたがた、どなたかのお嫁さんにしてください」。3人は相談し、 3人そろったところで一人ずつ彼女にそれぞれの思いを伝えることにした。
 まず、アメリカ人ビジネスマンが、いかに自分は成功者であるかを語り、ニューヨークの銀行の口座に入っている預金の額を示して彼女に幸せな空想をさせた。
  次に、イタリア人ビジネスマンは愛のカンツォーネを1曲歌いあげ、ローマやナポリの美しさ、イタリア料理のおいしさを伝えて彼女をうっとりさせる。
  すると日本人ビジネスマンは、大きなカバンからポータブルファックスを持ち出し「こういう場合はどうすべきか」と本社に指示を仰ぎ・・・ましたとさ。

  無人島なのに電話回線はあったのか、などと細かいツッコミをいれたくなりますが、私はこの話を聞くのはこれが初めてではありませんでした。30年ほど前のこの頃、対面の会議をしても決してその場で回答せず、 なんでも「本社に確認して後日回答」とする日本人ビジネスマンはアメリカ人にこのように揶揄されていたのです。今ならポータブルファックスはさしずめノートPCかスマホのSNS でしょうね。ジャパニーズは荷物が大きくて着るものもダサいというのが当時はステレオタイプ。ケラケラ笑う小憎らしいラリーの顔を、 私は今でも覚えています。

  それから30年たって、われわれ日本人の「決められない」体質は多少改善されたのでしょうか。着るものは多少おしゃれになりましたが、何かを決断を求められた時まず周囲の人たちの顔色を見てしまう習性はそのままのような気がします。背伸びして自分の権限以上の決断をしろとは言いませんが、 決められる範囲の日常の小さな決断もおっかなびっくり。なぜなんでしょう。
 ひとつには、日本人特有の過剰な協調性(?)も影響しているのだと思います。天丼かカツ丼かと聞かれて「天丼がいいけど、みんなの返事を聞いてから」と最初には答えられないあの感じです。
  また、われわれが新人時代「その場で判断しない」ように会社などでキビシくしつけられていたことも原因でしょう。私には、端末を見てお客さんに在庫状況を回答しただけで「ほかの得意先から引き合いがかかっているかもしれないだろう。お前、責任とれるのか?」と叱責された経験があります。
  でも、こういうのはアメリカ人からしてみたら異様で、当時、会議で「持ち帰って本社に確認してから」などと言うと、せっかく対面で話をしている意味がないではないか、それなら最初からファックスで日本に問い合わせればいいだけで、キミたちアメリカ駐在員など不要ではないか、と呆れられることもありました。 私は半笑いで「ザッツ アオア カルチャー」などと言って頭を掻いていましたが、やっぱり情けなかったですね。
  で、本社にお伺いを立てる。しかし、現地の状況を知らない本社もやっぱり決められないのです。そのうち「現地でジャッジしてください」という指示だか何だか分からないファックスがたくさん届くようになり、もう決断の押し付け合い、 あとで問題がおきたとき「自分が決めたのではない」と言える状況にいるのが居心地いいのでしょう。
  しかたがない、自分でジャッジしよう。お客さんに何も回答しないわけにもいかないし。私は、売値も粗利率も自分でじゃんじゃん決めて「こうしました」という報告だけをするようにしました。半分ヤケです。すると・・・よっぽど無茶をしないかぎり、 決めさえすれば本社は「私のジャッジ」をサポートしてくれることを発見したのです。対面の会議でもその場で大枠だけでも決める。そうするとアメリカ人たちからも一目置かれるようになり、私自身も自分のジャッジに責任を持つようになる。だから「ジャッジしなさい」と突き放されて現地はすっきりしました。 でも・・・出張で日本に行くと、相変わらず「決められない人」の群れに囲まれます。「田中君、どうしようか?」すると私は、先輩社員にも「そんなことも決められないんですか」と言わなければならない。先輩たちはあの時の私と同じ半笑いをしていました。

  話は変わりますが、選挙に行かない人たちは「だって、誰に投票していいか分からないもの」と言いますよね。過去数回の国政選挙の投票率はいずれも60%に届きません。今年8月の埼玉県知事選に至っては23%ちょっと(知事選史上最低)で、 暑かったとはいえ何と4人に3人以上が投票していない。ジャッジを放棄しているのです。
  本稿を書いている12月の中旬、自民党各派閥の裏金問題が次々と報道され、複数の閣僚が辞職しています。が、辞職した彼らはさっそく地元に帰って集会で愛敬を振りまいている。彼らにとって何が重要なのか、分かりやすい行動ですよね。これは私の推測ですが、 投票率を10%も上げればこういうセンセイを「落とす」ことができるのではないでしょうか。ジャッジの放棄が彼らを安住させてしまっている・・・のではないでしょうか。
  それから、言い方には問題あるかもしれませんが、特にイナカの選挙では「盆踊り大会に来てくれるセンセイ」や「消防団の飲み会に顔を出すセンセイ」が人気を集め、政策の話は二の次のようです。中学校の学級委員選挙じゃあるまいし、大人になったら「いい人コンテスト」ではダメ。 政策をジャッジしないと・・・「いい人だから」「頼まれたから」と言ってジャッジしないで投票していると、あるいはジャッジできないうちに投票日が過ぎてしまったりしていると、また同じ裏金センセイが当選することになります。狭い選択肢かもしれませんが、自分でジャッジして投票しましょうね。

 ・・・まあ、自分がそうなりたいからなったわけではありませんが、30年前「日本人にしては珍しくジャッジできるヤツ」なった私は、それなりに仕事ができるようになった気になっていました。ラリーにも一方的にやっつけられてはいません。
  「タナカさん、最近は本社に聞かなくても回答してくれるのかね?
 「まあね。アオア カルチャーも進化したんだよ」
 「それはよかった。じゃあ早く終わったことだし、食事でもどうだい?何が食べたい?」
 「そうだね、何がいいかな・・・キミ、ポータブルファックスは持っていないか?」
 「・・・There you go!」ラリーはケラケラ笑っていました。(了)



「老いた電池売りの独白」...フューロジック代表・田中景が、日米で40年近く電池の営業をしてきて思う、電池の現在過去未来、営業とは、国際感覚とは、そして経営とは、、を綴った新連載です。


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