エピソード035 <5兆円>

  この連載を始めるときに「できるだけ政治的な発言はやめよう」と思ったのですが、今回はちょっとした政権批判みたいになっちゃうかもしれません。ひとり4万円の減税って何なんでしょうね。皆さん、賛成ですか?予算規模は5兆円ですってよ。今年の国家予算は107.6兆円。実に4.6%です。


  テレビでも、多数のコメンテーターの方が批判的なようです。そのポイントは:

  1. 選挙前のバラマキではないのか。

  2. IT後進国の日本がこんなことして、またたくさんおカネを使ってとんでもないミスを繰り返すのではないか。 システムエラーで「減税されなかった人」「減税され過ぎた人」がぞろぞろ出てくるのではないか。

  3. そもそも「税収増分の国民への還元」とは何か。日本の税収/歳出バランスはずっと赤字であり、「還元」できるような財政状態ではない。


特に3 に関して、 政府は「史上最高の税収だから」という言葉を持ち出しているようですが、その前年にコロナ対策で史上空前の支出をしており(以下PDFのグラフご参照。財務省HPから)、それと比べたら「還元」とか言っている場合ではないと思います。

https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/condition/003.pdf 

  そもそも「史上最高の税収」には、円安で利益を上げた輸出型の企業の法人税が貢献したものと思われそれを原資に円安が要因の物価高対策に充てるって完全にマッチポンプ。おおもとの円安に対策を打たなければなりません。


  さあ、ここまで大議論を振りかざして「老いた電池売り」はどこに行くのでしょう。中小企業の親父のブンザイで円安対策なんて語れるのでしょうか?・・・それはそうなんですが、まあ、聞いてください。


  歴史上、通貨が安くなった国(まさに今の日本)の貿易収支は急速に回復して、通貨安は解消に向かうことになっています。自国通貨が安くなれば輸出がしやすくなるから。

  今の円安は日本と諸外国の金利差が原因だから(日本で金利を上げると企業がつぶれてしまう)どうしようもないよね・・・という思考停止ではいけません。円安をアドバンテージにガンガン輸出すれば、多少金利を上げてもそれを貿易収益で賄えるはずです。


  問題は、今の日本には輸出するものが無い、ということの方です。


  かつて、日本は半導体の、液晶パネルの、自動車の、家電製品の、そして二次電池の輸出で独走していました。今、若い読者には信じられないかもしれませんが、日本が強すぎて欧米と深刻な摩擦になったことさえあったのです。そのころ日本は空前の円高となり、輸出型企業は利益を出すのが難しい状態でしたが、 今と比べれば「作ろう」「売ろう」という活気がありました。製造する企業・設備が国内にあったから。

  今、半導体以下はすべて壊滅的に日本の国際的占有率が激減、頑張っている自動車も海外生産が多いため、この「輸出の大チャンス」に輸出できるものが無い。空前の通貨安なのに、貿易収支が大幅マイナスである歴史上極めて珍しいケースになるかもしれません。いや、すでになっているのでしょう。 二次電池も「売る国」から「買う国」になってしまいました。


  「政治とは、どこから(税金を)とってどこに使うか、である」と言いますが、今の日本の場合「どこに使うか」がかなりおかしい。一人たった4万円(1年にですよ)の減税に5兆円使うのではなく、そのおカネを輸出できる産業創りに使うべきでしょう。ただ、 ここまで経済環境を悪化させてしまったのだから、すぐに効果は出ません。3年・5年・10年計画であるべきです。収穫できるのは次の次か、その次ぐらいの総理大臣の時代になるでしょうね。今の総理大臣には甚だ不本意かもしれませんが、それは巡り合わせです。どうしようもないのです。だから、 次の選挙の対策にその5兆円を使ってはいけない・・・と、中小企業の親父は思うのです。こっちはそのころ墓の下かもしれませんが、だから今さえ良ければいいんだと考えるのはトシヨリの不見識。将来のために何かしなくちゃダメなんです。


  「新規案件」という言葉があります。営業の世界では中では光り輝くワードです。でも、この言葉を聞く日本人ビジネスパーソンの受け止め方は変わってしまいました。新規案件が発生すると、需要家は「中国にはそういう製品がすでにあるかもしれない。あれば求めるものとちょっと違っても、 開発費をかけずに輸入すれば安く済む」と考え、生産者は「言っておくけどウチは高いよ。中国とは価格競争しないからね」といまだに(この円安環境下でも)言い放ちます。中国とは価格競争だけでなく、品質でも負けちゃっているケースもたくさんあるのに。我々事業者も、 もうそろそろマインドセットを挑戦者仕様に変えないといけません


 この40年「老いた電池売り」は韓中台に浸食され続けた二次電池業界を見続けてきました。この間、彼らは上手におカネを使って電池産業を振興させました。一方、今、このEV時代に日本製の電池を積んだEVは世界規模で見ればほとんどありません。

  2010年、殿様商売の挙句に行き詰まった日本航空に、政府は3500億円の公的資金の融資を行いましたが、同時期に経営破綻した三洋電機には何もしませんでした。三洋が健全に残っていれば、今日の二次電池の国際占有率は変わっていたかもしれません。日本は、 それからたった10年後のEV需要の爆発的増加を見通せなかったのです。金の卵を持っていたのに温めなかったのです。リチウムイオン電池の発明者の吉野昭氏がノーベル賞を受賞したのは、皮肉なことに韓中台との勝敗がほぼ決してしまっていた2019 年のことでした。氏の発明は「世界」に貢献しましたが、 日本はその功績を産業で生かせなかった。傍観者的な書き方になっていますが、私にとっても痛恨です。忸怩たる思いです。

  だから5兆円はバラまかないで、再び輸出ができる国となる原資として使ってほしいのです。私たち事業者の多くは一時的な不労所得を喜びません。一回だけ税金を安くしてもらおうとも思いません。そのお金を使って成長できるプラットフォームを作ってほしいのです。 一人当たり4万円は大した額ではありませんが、5兆円あれば相当なことができるはずです。日本航空の2024年3月期の予想は純利益800億円、あの3500億円はすでに完済され、日本を代表する優良企業に立ち戻りました。個人的には、今度こそ二次電池関連の輸出企業育成に多少使っていただきたい。 そんなことを思っています。  (了)



「老いた電池売りの独白」...フューロジック代表・田中景が、日米で40年近く電池の営業をしてきて思う、電池の現在過去未来、営業とは、国際感覚とは、そして経営とは、、を綴った新連載です。


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