エピソード034 <漢字・感じ・幹事はむずかしい>
★ 今号はちょっとだけオトナのお話が混じっています。
かつて銭湯の入り口には番号札式の下駄箱があり、そこに履物( はきもの)を入れてから脱衣場に入るようになっていました。 ところが、 このシステムが分からず脱衣場に土足で入ってきてしまうお客が一 日に何人かいる。そこで店主は下駄箱の横に張り紙をしました。
「ここではきものをぬいでください」
漢字が読めない子供も来るからと全部ひらがなで書いたのが間違い のもとで、 今度は下駄箱の前でハダカになってから脱衣場に入ってくる人がた くさん・・・って、何が起きたか分かりますか?
今、ためしに自分のパソコンで「 ここではきものをぬいでください」を一括変換したら、はたして「 ここでは着物を脱いでください」と変換されました。 もちろん店主は「ここで履物を脱いでください」 と言いたかったのです。
この話は、漢字で書けばいい(漢字にフリガナをすれば完璧) のにひらがなで書いて失敗した例ですが、現代はパソコン、 日常的に誤変換と闘わなくてはいけません。 現にこの文章をここまで書く間にも「一括変換」が「一括返還」、 「漢字」が「感じ」と変換され、 舌打ちしながら何度も変換キーをたたいています。もう、 機械はバカだなぁ、「感じで書けば」って何なんだよ!!
誤変換がやっかいなのは、 タイプしている人間が正しい漢字を知らないと、 間違ったまま世の中に出て行ってしまうということですね。 電池界隈のかなりのキャリアの方でもプリント基板を「基盤」、 篏合(かんごう。電池が機器本体にはめ込まれること)を「勘合」 と書いてこられます。「音」は合っているけど「意味」 が違います。
次のお話は、 漢字の「音」と「意味」が見事に合った(合わせた) というお話です。
またまたアメリカ時代のことです。 アメリカ駐在の日本人男性は8割がたがゴルフに興じます。 日本人だけのゴルフの月例会がいくつもあり、 私の居たニュージャージーでも「ナントカ会」「ナントカコンペ」 「ナントカさんを囲む会」的な集まりがたくさんありました。 秋になるとそのシーズンの総決算的な大コンペが実施され、 私の所属していたグループは所属企業からの持ち寄りでいろいろな 景品を準備するのが恒例となっていました。
この年は私が幹事でしたが、やはり食品会社の景品は人気で、 カップラーメン1ダースや3か月腐らない豆腐は、 いわゆるゴルフウイドゥ(旦那がゴルフ狂いの奥さんのこと) へのいい罪滅ぼしになりました。 私のところは「電池」というわけにもいかず( 家庭で使える電池は扱っていませんでした)、 接待費でパターを買ったり、 日本食レストランの食事券を作ってもらったりしていました。
そんな準備をしている頃、飲み仲間のA氏から「 B君が相談があるって言っているから来てよ」という電話があり、 私たちは行きつけの日本食レストランに集合しました。B君は、 その数か月前に赴任してきたばかりで、 ゴルフコンペのメンバーになってはいましたが、 どのような会社の方なのかはまだ知りません。
改めて名刺交換すると、会社名は〇〇 ラバーインダストリーと現地法人名になっていたのでパッとはわか りませんでしたが、隣にいたA氏が「ほら、 君もお世話になっているだろう?」 と鼻を膨らませて笑いをこらえています。そうか、あの会社か。
でも、私は初対面に近いので「そうですか、有名企業ですよね。 やはりアメリカには販路拡大を目指して来られたんですか」 とまじめに応対しました。
「販路拡大と言っても難しいことがいろいろある(なにが「 難しいこと」だったのかも聞きましたが、 このブログには相応しくないので書きません)のですが、 今日のご相談は・・・」
駐在し始めは何かと情報不足です。 しゃぶしゃぶ用の牛肉の薄切りはどこで買えるとか、 刺身用の魚はどこで売っているとか、 そういう情報が欲しいのかと思いきや。
「あの、 今度のゴルフコンペにウチも景品を出した方がいいってAさんにア ドバイスされまして・・・」
やりやがったな。A氏はマジメ君をからかうことが得意です。 B君も見るからに洒落のきかないマジメタイプで、 あとで聞いたところによると創業家一族の次男とか。
「で、 皆さんに弊社を知ってほしいので、 最初は参加賞として全員に1ダース入りを、と思ったんですが・・ ・」
A氏の鼻はどんどん膨れて破裂寸前です。
「それだと独身者や女性もいるからってAさんに言われまして」
「そうですよね」と私。
「でも、 どうすれば必要としている方に当たるかが分からないので、 幹事の田中さんにご相談を・・・」
「既婚で、かつ子供さんが今は欲しくない方ですよね」
「はい。でも、それは最悪、 必要な方に譲っていただければいいのですが」
するとA氏が横から口を出します。
「だからね、B君、みんなに覚えてほしいのが目的なら、 なんかインパクトがある渡し方を考えないと。 ユーモアがきいたやつ」
「だとえば・・・?」
「たとえばだ。 一年分を桐の箱に入れて熨斗(のし)をかけて出すとか」
「桐の箱なんてどっから持ってくるの?」と私。
「桐ではありませんが、木箱ならあります。 そういう製品がありますから」とB君。
「でも、 クラブハウスで表彰式やるとき他のアメリカ人に『 日本人がゴルフやって、あんな賞品もらってヨロコんでる』 って思われたらはずかしいから、 中身はアメリカ人には分からないようにした方がいいな」
「でも、会長(コンペの会長は旅行会社の社長さんで声が大きい) は賞品名を大きな声で叫びそうだからね。 コイツは英語も日本語もほとんど同じ発音だし。〇〇さん、 おめでとう、〇〇一年ぶーん、とかね。 そんでアメリカ人から拍手されたりして」
そのあとはアルコールも入ってなんだかとりとめのない話になり、 木箱入りをどうするかの結論は出ないで解散してしまったのですが 。
・・・そしてコンペ当日、 B君が真剣な顔をして私に近づいてきました。
「あの、これならアメリカ人には読めないし、 会長も大きな声を出さないと思います。それに、 今は子供がいらない既婚者の方に届く願いも込めたんですが」
差し出された箱には熨斗がかけられ、 達筆流麗、墨痕も鮮やかに・・・
「特別賞 〇〇社謹製 御婚童無一年分」 (了)
「老いた電池売りの独白」...フューロジック代表・田中景が、日米で40年近く電池の営業をしてきて思う、電池の現在過去未来、営業とは、国際感覚とは、そして経営とは、、を綴った新連載です。
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