エピソード032 <Show me the picture>

 私どもも年に何回かは展示会にブースを出して出展するのですが、その際、お客様から大事なポイントを聞き逃さないために「ヒアリングシート」とか「お引き合いシート」と呼ばれるフォームを、弊社の担当者が記入するようにしています。

電圧は○ボルトで容量は○ミリアンペアアワーで充電電流は○アンペアで放電電流は・・・という質問項目が20ほどあり、その穴埋めが用紙の3分の2ぐらいで、残りの3分の1は「特記事項」という白紙部分です。大きな展示会であれば、 記入済みのヒアリングシートは何百枚か集まりますが、「特記事項」が記入されたものはほんの一握り。ほとんどのフォームに書かれた文字は穴埋めの数字ばかりで文章は皆無、まあ味気ない紙の束です。ですから、後日の営業会議で記入済みのフォームを検討する際には、 その企業の規模とか引き合い数量の大きさだけが焦点になり、その製品がとのような魅力・市場性を持っているのかは、なかなか伝わってこない・・・

アメリカ時代、私の上司だったアメリカ人は、接待とプレゼント攻勢で構築した人間関係を駆使してビジネスをするアナログ型の人で(正直、苦手でした! )私が電池のスペックに関して説明しようとすると、たびたびこう言って遮るのでした。

Don’t give me boring numbers. Show me the picture.

「つまらない数字の話をするな。絵をみせてくれ」・・・彼にとって何ボルト何アンペアは単に数字の羅列に過ぎず、そんなものよりその製品は誰が使うのか、どう使うのか、そして、果たして売れる商品になるのかが問題でした。私は「基本的なスペックの数字をロクに理解しないで、 市場性もクソもあるか」と内心笑っていました。が、時を経て自分が会社を経営する身になってみると「売れるか、売れないか」は決定的であることに気づかないわけにはいきません。スペック的にいい製品ができても、売れなければ何にもならない。電池屋は部品屋ですから、採用していただいた製品が売れないと失敗です 。 電池が少々売れても、製品が売れてリピートされなければダメなんです。

10年ほど前、展示会の弊社のブースの打ち合わせテーブルで「ヒアリングシート」を一生懸命に記入しているスーツ姿の初老の男性がいました。通常、シートは弊社の担当者が書くのですが、 面識の無い中間商社の方が商談されていることもありますし、気にもとめずにおりました。が、その方は書き終わると、立ち上がって私に近づいてこられ、記入したシートをおずおずと差し出されたのです。
「これで、よろしいでしょうか」
拝見すると、数字的な穴埋めはもちろん全部埋まっており、 特記事項欄にも細かい字で要望事項とその背景が記入されています。表面では足りず用紙の裏にも連綿と。
この方は、東北の農機具メーカーの営業マンで、ブースの打ち合わせテーブルの上に置いてあった「ヒアリングシート」を見つけ、ご自分で勝手に記入していたとのこと。

用途:除雪機 電圧:24V 容量:20Ah (中略) ・・・特記事項:降雪地帯の24時間営業のコンビニやガソリンスタンドは、駐車場を除雪しないと客(自動車)が入ってこない。そのため、従来はエンジン式の除雪機を使用して除雪をしていたが、夜中・早朝にエンジンをかけると騒音が発生し周辺の住宅からクレームが来る。 そこで鉛電池を使用した除雪機を開発したが、鉛電池は重いので取り外しが困難。そのため機器に取り付けたまま屋外に放置され、屋外で充電されることが多いが、深夜の屋外は非常に低温になるので充電できないことが多い。

そう、多くの二次電池は低温では充電できません。危険が伴うこともあるので、 低温になると充電できないような回路設計にすることも多いのです。電池の特性をきちんと理解されているのが分かります。彼の「特記事項」はさらに続きます。

・・・その点、小型軽量のリチウムイオン電池であれば、取り外して室内で充電できるので従来の不便さを解消できる。駐車場の広さによっては2個目、3個目の電池パックが必用になることもあるので市場の成長性も有望だと思われる。

これだけでも説得力があるのですが、除雪機そのものの絵や、電池の装着部分や方向などを図示して非常に分かりやすい。私が感心していると「大丈夫そうですか」とお尋ねになります。聞けば、この展示会で何とか採用できそうなリチウムイオン電池を見つけようと、会社を説得して、 東北から単身日帰り出張をしてきたとのこと。どうりでそのシートには熱意があふれているのでした。・・・これは、売れるぞ。

翌年からこの企業様とはお取引が始まり、今年も数百台の電池パックを出荷させていただきました。今や大変ありがたいお客様です。ただ、今思うのは、 あのとき弊社の担当者がこの方から聞き取ってシートを記入していたら、あの熱意は伝わっていただろうか、ビジネスに育っていただろうかということです。われわれは毎日電池の仕事をしているので、スペックの聞き取りが「作業」になってしまい、ストーリーを感じなくなりがちです。何ボルト、何アンペア、 数量はこのぐらいで価格はこのぐらい・・・情報は数字ばかり。市場性が見えてきません。
Show me the picture.  絵を見せてください。あの時、シートの裏面まで書き込まれた「特記事項」を読み進めるうちに、明け方のコンビニの駐車場を、手に息を吹きかけながら静かに除雪する店員さんの姿が見えた気がしました。(了)



「老いた電池売りの独白」...フューロジック代表・田中景が、日米で40年近く電池の営業をしてきて思う、電池の現在過去未来、営業とは、国際感覚とは、そして経営とは、、を綴った新連載です。


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