エピソード030  <深くて暗い河>

「黒の舟歌」という歌謡曲がありました。いろんな歌手が歌いましたが、私はサングラスがトレードマークだった小説家の野坂昭如バージョンが印象に残っています。 歌い出しが「♪男と女の間にィは~深ァくて暗い河がある・・・」というドンヨリしたザ・昭和歌謡です。男と女の間の「深くて暗い河」・・・トシはとりましたが、女性になったことはありませんから女性にはミステリアスな部分は確かに感じます。でも、他にも分かりあいにくい「深くて暗い河」を感じること、 皆さんにはありませんか?


~~   たばこを吸う人と吸わない人の間の「深くて暗い河」~~

私はこの「河」の両側を何度も往復しました。トーマス・マンは「禁煙なら1万回はしている。一度や二度の禁煙を自慢するな」と言ったそうですが、私も10回ほど失敗して、結局は禁煙治療をして(薬を飲んで)、 13年前ようやく恒久的非喫煙者になりました。意思の力だけではどうにもならない根性無しだったのです。

たばこを吸っていた時代は、一日中たばこを吸うチャンスをうかがっていました。会議のトイレ休憩とか、ちょっとコンビニに行くときとか。喫煙所があればかなり急いでいるときでもとにかく一服。 新幹線や飛行機に乗る前は名残惜しくて2本3本。町を歩いていて「今、メールを送ったのですぐに見て」という電話が入ると「シメた!」と喫茶店に飛び込み、まず一服。スターバックスは全店禁煙なので入りません。

これが、やめてしまったら今度はあの匂いが迷惑です。 禁煙治療に頼った根性無しのくせに本当に身勝手ですよね。煙のにおいもそうですが灰皿に残った吸い殻の匂いがもっとダメ。喫茶店はスターバックスしか入りません。寒い喫煙所で襟を立てながらたばこを吸っている人々に対して感じるチッチャーイ優越感。この間まで自分もあの中にいたのに、 あきれたような顔して「やめればいいのに」・・・って自分ながら大きなお世話だと思います。だから居酒屋で隣の席のたばこの煙が流れてきてもできるだけ我慢するようにしています。喫煙者だった時代、周囲はずいぶん我慢してくれていたと思いますから。でも・・・長い旅でした。 もうこの「河」を渡って引き返すことは無いと思います。


~~   65歳・・・高齢者の「深くて暗い河」~~

昨年、私もこの「河」を渡り、押しも押されもしない「コーレーシャ」になりました。まず、誕生日の直前に肺炎球菌ワクチンの無料接種券が届いて「アンタ、もうすぐコーレーシャだよ」と自治体から予告されます。 それまで自分がコーレーシャになるなんて想像もしていなかったので、ある意味青天の霹靂でしたが、65ラインを超えた途端インフルエンザワクチンの無料接種券が来て、クレジットカード会社から「JR全線乗車券3割引(いろいろ条件あり)」の手帳が届いて、映画をシニア料金で観て、 そのたびに文書や対面で繰り返しコーレーシャであることを念押しされます。コロナが重症化するのも65歳以上・・・急に感染しそうな気がしてきます。家には墓石のセールスのDMが毎週のように来て、会社には事業承継・M&AのDMが毎週来ます。 その文面にはもれなく「あなたに万が一のことが」というフレーズがあり・・・「万が一」っておかしくないですか。みんな死ぬんですから「万に万」なのに、めったに起きないことのようにヌルい表現で近づき、何かを買わせよう、させようとしてきます。とにかく、 コヤツラは日本中のコーレーシャのリストを持っているのでしょうね。分かったよ!と叫びたくなるほどです。

それにしても・・・週3回スポーツジムに行って若いトレーナーにシゴいてもらい、ひとよりたくさんお酒を飲んでも元気で仕事をしているのに、65歳を超えたら一律でコーレーシャ。 そしてこの「河」は一度渡ってしまったら後戻りできません。これからずーっと死ぬまでコーレーシャです。たばこは自分の意思で「戻らない」と決めたのですが、これはもう「戻れない」。皆さんは「自分には関係ない」「まだまだ先」だと思っているでしょう?でも、今のうちに一度コーレーシャについて考えた方がいい ですよ。 この「河」は・・・皆さんの前にもある日、必ず、現れます。フフフ。


~~  技術職と営業職の間の「深くて暗い河」~~

営業職は技術職に対してコンプレックスをもっています。学生時代にキチンと勉強し、知識を身につけた専門職の皆さんに対し、自分は「御用聞き」に過ぎないと感じることも多い。ただ、長くやっていると、技術職の方の本音を聞く機会もあります。

若い頃、打ち合わせで技術者の方に消費電力を尋ねてもスカッと答えてもらえないことがよくありました。営業であるこっちとしては、消費電力が分からないとどういう電池をお勧めしていいのか分からないので、そこで話が終わってしまいます。それだと商売にならないので食い下がっていると、 その技術者の上司の方が出てこられて「あまりイジメないでやってください。営業さんは、技術は何でも答えられると思うかもしれませんが、この基板には何百個のデバイスが乗っていて、そのすべてに消費電力の公差があって、上振れ下振れでトータルが大きく変わっちゃうんです。初めて作る製品は、 ボクらもできてみないと消費電力をはっきりさせるのが難しいんですよ」と。

彼は続けて「ボクも若いときは電池屋さんに消費電力を聞かれて、しょうがないからヤマカンで答えたら大外れ。今さら消費電力が何十パーセント増えたなんて言えなくなって、 結局その電池屋さんには『企画がポシャりました』とウソをついて、別の電池屋さんにイチからお願いしたことがあったなあ」と物騒なことをおっしゃいます。

以来、私は技術者との面談の最後に「・・・私もプロの電池屋ですから仕様変更には慣れています。要求仕様が変わったらすぐにおっしゃってください。 絶対驚いたりしませんから」と言うようになりました。そして実際に仕様変更が起きても「エーッ、今さらですか?マイッタなあ、日程変わっちゃいますよ」ではなく、「情報ありがとうございます。どういう日程で再提案できるか至急検討させてください」と穏やかに言うように心がけています。 100%履行できているとは言えませんが、そうやって仲良くなれた技術者の方も何人か思い出すことができます。

技術職を完全に理解することはできないにしても、営業は彼らの多くが「前言撤回→変更」が簡単でない立場であることを知っていなくてはいけません。 技術者がしょっちゅう頭を掻いて「スンマセーン」と言っていたら悲劇的です。目先の売り上げに追われる営業と、設計と評価を繰り返さなければならない技術との間には、埋められない「深くて暗い河」がいつもありますが、わたしたち営業は技術者のご苦労を察しながらでないといい仕事はできない。そのためには、 ほんの入り口でも技術を分かる、分かろうとする姿勢が大事だと思います。 (了)



「老いた電池売りの独白」...フューロジック代表・田中景が、日米で40年近く電池の営業をしてきて思う、電池の現在過去未来、営業とは、国際感覚とは、そして経営とは、、を綴った新連載です。


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