エピソード028 <マイクロマネージ>

 右手の人差し指と親指で丸を作り、両方の指のあいだに1ミリぐらい隙間をあけます。この状態でその微妙に不完全な輪っかを右目の前に持ってきて、左目はつぶり、その1ミリの隙間を猫背になってのぞき込みます。このポーズが、 アメリカ人が自分の上司の陰口を言うときの定番で、口では「He (She) micro micro micro manages in everyway」などとマイクロを3回以上繰り返して言います。「ウチの上司は細かくて嫌になっちゃうよ」という感じでしょうか。「細かい」上司が嫌われるのは日本もアメリカも同じですね。

私もこれをずいぶんやられました。A社向け電池パックの生産量、 昨日より200個ほど減っているのはなぜ?などとプロダクションマネージャーに聞くと、最初ぽかんとして、それから「Let me find it out(調べてみます)」とどこかに行きます。彼は倉庫で作業中の彼の部下に歩み寄り、遠目にも分かる例のポーズを作ります。会話なんか聞こえなくても分かります。またタナカのマイクロマイクロマネージが始まっちゃったよ。悪いけど昨日から生産量が減った理由を調べてくれないか・・・こうして、 無限にタナカのマイクロマイクロが伝播していきます。

私は、部下にマイクロといわれることは仕方ないと思っていました。そりゃ中にはイチを言うだけでジュウを察してくれるような部下を持っている人もいるかもしれないが、私はそういう幸運に恵まれていないので、ある程度マイクロにならざるをえない。 こっちよりキミたちの方に問題があるんだからしかたないでしょう。とは言え、肩をすぼめ、声を裏返してマイクロマイクロ・・・とやられるのは気持ちのいいものではありません。

時は流れ、日本に帰ってきて起業することになり、社員を採用するようになったときも私は依然としてマイクロの呪縛下でした。 細かいことを極力言わず、部下の裁量に任せて、そうそう、現在地を確認させ、目的地を明確に指示するだけ。途中の道順は部下に任せればいいのではないか。そうすればマイクロの陰口をたたかれずにすむのではないか。

ところが、ちょうどこの頃ある方から1 冊の本をプレゼントしていただいたのです。 タイトルは「経営の神は細部に宿る」。当時テキサス大学の教授をされていた清水勝彦先生の著作です。この本と出会えたことは私にとってたいへんな幸運でした。
清水先生はこの中でまず、「些末なこと」「重要でないこと」と「兆し(きざし)」は一見同じように見えることを指摘されます。 さらに「兆し」を無視した結果、占有率を大きく落としてしまった、あるいは同業他社に引き離されてしまった大企業の実例を挙げて説明されます。この本は2009年に上梓されていますから登場企業もある程度歴史のある企業ですが、今、再読しても「そうだったのか」と納得できる実例です。
さらに、 企業自身の「小さな行動」にも注意しなければならない、と。今期は5%給料を上げますと発表して実際ある社員の給料は4.9%しか上げられてなかった。これを「約束を破ったうちに入らない」と思ってしまっていないか。10%売り上げを伸ばす計画をして9.9% アップで「ほぼ達成」としていないか? そのうち9.5%も9.0%もOKにしてしまう体質になっていないか。

そして「細かいリーダーの価値」について。
日本IBM の元社長は(社長ですよ!)クリップの使いすぎを指摘して話題になったそうですが、もちろん直接的にクリップの使いすぎを問題視しているのではなく、 蔓延するコスト意識の低下に歯止めをかけようとしたのでしょう。
ところが、30年前の私が「電池パックの生産量が昨日より200個減った」と指摘しても、部下はその先の意味を読み解くことができなかった。生産数が減ったのは何か部品の入荷遅れでもあったのではないか、 習熟度が高いパートさんが休んだのではないか、今日は200個に過ぎないが、原因を突き止めて生産数のさらなる減少を防ごうとする意図があったのですが、私はそこまで説明しませんでした。言わなくても分かるだろう・・・という態度です。これは部下の理解する能力をリスペクトしたわけではなく、 こんなこと言わなくても分かるよな、という傲慢な言い方でした。私が分かっていることは当然部下も分かっているだろう・・・と考えるのは、清水先生によると「Corse of knowledge」(知識の呪い)と言われ、コミュニケーション悪化の入り口なのだそうです。そのときの私の部下も「なぜ、この質問を受けているのか」をよく理解できないまま仕事を増やされ、結果、自分と自分の部下を、タナカのマイクロマネージにつきあわされているかわいそうな被害者たちにしていたのでしょう。

じゃあ、部下に何かを指示するときには、いつも背景をきちんと説明して・・・がいいとも限りません。部下だって忙しいんですから、くどくど説明されるより簡単な指示の方が助かることもあるでしょう。この辺は公式がないところでしょうね。裏でマイクロマイクロと言われたくなかったら、 その部下の知識レベルや考え方、そのときの忙しさをよく把握しておかなければならない。上司たるもの、なかなかツライですね。
そんな上司の皆さんに「経営の神は細部に宿る」の終章の一部を引用させていただきます。

(前略)・・・ある部長さんが(自分の部下に)こんなことを言っていらっしゃいました。「お前ら、細かいリーダーはダメで、腹の太いリーダーがいいと思っているだろう。しかし、太いと粗いは違うんだぞ。 細(こま)かいと細(ほそ)いも違うんだ」・・・(中略)・・・その本当の姿は「有事」に際して決定的に明らかになります。「部下に任す」と言えば聞こえはよいですが、自分で決断を下すことのできないリーダーは、たとえ平時には「太っ腹」に見えたとしても、「粗いが細(ほそ)い」リーダーである疑いが強いでし ょう。 細(こま)かいことを言いながらも、最後まで責任をとるリーダーは「細(こま)かいが太い」のかもしれません。(後略)

この本を読んだ後、私はこう思うようになりました。この部下と今日一日仕事をすればおしまいではあるまいし、これからずっと仕事を一緒にしていくのに、 一度や二度マイクロと言われようが細(こま)かいと言われようが何だと言うのか。マイクロマネージ、上等じゃないか。仕事をしてもらうなら、傲慢にならず、丁寧に指示することだ。(了))



「老いた電池売りの独白」...フューロジック代表・田中景が、日米で40年近く電池の営業をしてきて思う、電池の現在過去未来、営業とは、国際感覚とは、そして経営とは、、を綴った新連載です。


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