エピソード007 <学校で教わりたかった>

日本の学校教育って役に立たない、とよく言われますよね。あんなことを勉強させられる代わりに、こういうことを教わっておきたかったなあ、と60代半ばにして思うことを、今日はいくつかお話ししたいと思います。


・・・20人ぐらいの3歳児の前で金髪の大柄な女先生が、傘に雨が降り注いでいる絵のカードをマグネットで貼って尋ねます。What is this? 子供たちはRain!!と大きな声で答えます。まだアメリカに着いたばかりのわが息子は廻りをキョロキョロ見回して、3秒ほど遅れてレイーン!!と真似をしています。この日はニュージャージーの保育園で息子の体験入学をしていたのです。


次に先生は弓矢の絵をボードに貼りながら弓の方を指さしてWhat is this, now?と尋ねます。子供たちはBow!!と答え、息子もボウ!!とまねをしています。このときはまだ20年以上もアメリカに住むことになるとは思ってもみませんでしたから、息子は英語になじむことができるかしら、と不安になっていました。しかし彼女は私のそんな思いには頓着せず、次のカードを裏返しにして貼り、What kind of bow do you see after the rain?(雨の後で見える弓ってなーに?)と聞きます。子供たちはRainbow!!と答えます。


先生はThat’s rightと微笑みながら裏返しのカードをひっくり返して虹の絵を子供たちに見せます。え、そうなの?レインボウって「雨」と「弓」の合成語だったの?そういえば弓の形だなあ・・・私は3歳児よりも英語力が無いことを悟られないように、ぎこちなく笑っていました・・・皆さんはこれ、ご存じでしたか?この日私はパイナップルもPine(松)とApple(リンゴ)、カクテルもCock(おんどり)とTail(尻尾)の合成語であると言うことも知りました。ついでにカクテルはお酒以外の意味もあることも。こういうの学校で教えてくれたらよかったのに・・・3歳児のお教室で、私は苦笑いを繰り返していました。


・・・日本ではまず見ることの無い、果てしない人の群れです。そしてすべての人々が急いでいる。まさに無限の雑踏の中で、私は誰にもぶつからないように羅湖(ローフー)駅をよろよろと歩いていました。


60 歳になる直前のこのとき、私は椎間板ヘルニアを患い、出張先の中国恵州で激痛発作に襲われました。なんとかワンボックスカーに乗せてもらって2時間かけて羅湖駅までたどりつき、そこで同行していた部下に後の訪問先を託し、電車で香港へ。まっすぐ立つことはできないのでスーツケースの伸縮する持ち手にしがみつき、「く」の字になって、何カ所かのとてつもない雑踏を抜けて、息も絶え絶えにホテルまで帰ったのです。


翌日何とか香港空港から羽田にたどり着きましたが、羽田では蛇腹通路に私のための車椅子が用意されていました。帰国後、歩けなくなるのではないかという大きな不安を抱えて診てもらった整形外科の先生は、あっけなく「田中さん、これは完治しません。いつ激痛が来ても不思議でありません」と言います。ただヘルニアは消えないが、正しい姿勢を保つ筋肉をつけることで激痛のリスクが減るから、ということで、私はスポーツジムでパーソナルトレーニングを受けることになりました。ものぐさな私にとって人生初のジム通いです


ジムのトレーナーは全員20代の若者で、既製品のシャツなんか絶対着られない筋肉の盛り上がった体型をしています。よくこういう体型の人を「脳ミソまで筋肉」とか揶揄しますが、そんな既成概念は初日で吹っ飛びました。 整形外科の先生がくれたメモを渡すと「じゃ、まず内転筋を徐々に動かしていきましょう」さあ、内転筋がどこにあるのか私には分りません。分りませんが指示通りに体を動かしてみます。イタタ、イタタ、動かない。「ね、これができないから腰が折れて前屈みになっているんです。姿勢をよくしないとヘルニアが痛みますよ。さあ、頑張ってイチ・ニ・サン!!」


三日坊主の私としては珍しく、もう4年以上週3 回で通い続けているのですが、その後おなじみの腹筋・背筋・大胸筋などの他、僧帽筋、腸腰筋、大臀筋といった、どこにあるか知らなかった筋肉を段階的に鍛えてもらい、今やヘルニアによる痛みは全然ありません。さらに彼らに教えてもらったのは、「ウサギ跳びは絶対やってはダメ」「歩くときは踵(かかと)から着地を意識」「3分以上の正座はヒザにリスク大」「カバンを右手で10分持ったら次の10分は左手で。そうしないと体がねじれてしまう」・・・こういう知識があったら、私はあの恐怖を体験しなくてもよかったのではないか。


あの羅湖駅の終わりの無い雑踏。小さなおばさんと肩が触れただけで襲う激痛・・・姿勢が悪いのは人生的なリスクなんですね。中学の体育ぐらいで教えてほしいものです。それから、トレーナーの皆さん、脳みそ筋肉とか思っていてごめんなさい。


・・・日本の株価は2.6万円(日経平均)なのにアメリカの株価は31000ドル(NYダウ)、つまり400万円以上。いくら何でも差が大きすぎませんか?

これはもちろん単純には比較できないのですが、アメリカにいたころニューヨークからロスに向かう飛行機の中でたまたま隣に座った証券会社の方に聞いた話ですと・・・


日本人は銀行に預金する。しかしアメリカ人は投資に回す。日本人は投資に対してギャンブル要素が高くうさんくさいと思っている傾向が高いが、アメリカ人だってそんなにギャンブラーではない。つまり、紙くずになってしまうかわからないような新興企業株を単独買いすることはほとんどなく、大抵の人は何十社かの株価を組み込んだ投資信託を購入している。これを毎月100ドルとか、日本人が考える定期預金の感覚で積み立てていく。やりかたは高校の「投資」の授業で教わるから抵抗はない。


ギャンブル色の薄い投資信託でも年率5%程度の利率・・・下がるリスクゼロではないが、実績的には非常に低い・・・では増える。だから22歳から60歳まで38年間毎月100ドルで元本は45600ドルだが、よほど運が悪くなければ3倍ぐらいにはなる。60歳になったら15万ドルもらえる人生は悪くない。


一方で、このようにして投資市場に流入したマネーは有望スタートアップ企業の育成にも役立つ。アップルもグーグルも初期はこういうマネーの恩恵を受けていた(私は日本で起業しましたが、このような資金調達のオプションはありませんでした)。


当然、アップルなどを入れ込んだ投資信託を買っていた人は、アップルがどういう企業であるかも知らないのにかなり儲けることができた。またアップルの株価も上がることでアメリカの株式市場の規模にも貢献した。他方、銀行預金がいくら増えても経済規模の拡大には貢献しない。


そうか、22歳の時に知っていればなあ。こういうの、学校で教えてよ。でもそうしたら、みんな日本ではなくアメリカの投資信託を買いそうだから、日経平均とNYダウの差はもっと広がってしまうかも知れませんね。日本の証券会社のみなさん、何とかなりませんか?それともやっぱり学校教育かなあ・・・(了)



「老いた電池売りの独白」...フューロジック代表・田中景が、日米で40年近く電池の営業をしてきて思う、電池の現在過去未来、営業とは、国際感覚とは、そして経営とは、、を綴った新連載です。

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