エピソード003 <振込手数料>               

ビジネスとは究極、売り手と買い手がいないと成立しないわけです。日本には上り坂と下り坂でどちらが多いか、という子供のなぞなぞがありますが、それと同じように世の中の売り手と買い手は同数であると考えるのが妥当でしょう。1つのお店で1000人に何かを販売する場合でも、一つ一つが取引だと考えればお店は1000回売り手になったと考えるべきですね。

では、どちらが強いのでしょう?年末のアメ横みたいに大量に商品が山積みされてどう見てもお客さんより商品が何倍も多い場合や、旧式の電化製品の一掃セールの場合は買い手が強い。しかし、本日発売の人気ゲームには皆さん早朝から並ぶし、おととしの一時期、東京ではトイレットペーパーが(デマにより)超品薄になって、こういう場合は売り手の方が圧倒的に強いわけです。そうです、需要と供給の関係です。封建時代じゃあるまいし、今どき買い手の方が売り手より強いと考えているビジネスマンはいないですよね。

なら、振込手数料はどう説明しますか?そもそも、あなたはあなたの会社が仕入れ先への支払から毎月「振込手数料」という名目で数百円差し引いていることを知っていますか?

2010年、日本法人フューロジック株式会社を作って最初の取引が成立し、最初に戸惑ったのがこれでした。ウチは100万円分の商品を納入して不良品があったなどと聞いていないのに翌月末に振り込まれた金額は99万9230円。何、これ。

私はその前年までアメリカで仕事をしていました(それも21年。だからその年私は浦島太郎状態でした)ので、なぜ770円が差し引かれていたのかまったく分りませんでした。お客さんに問い合わせて仕入担当者が(この人も自分の会社が770円差し引いていることを知りませんでした)経理に聞いてくれて、ようやく日本の商取引では買い手が振込手数料を支払金額から差し引いてもいいという「習慣」があることを知りました。私はちょっと怒りました。が、先方さんは「そういうものだから」と。交渉しようにももう商品は納品してしまっているので値付けを変えることもできません。そういうもの、と言う分に飼い慣らされていくしかないのです。

私は、これは日本ではなんとなく買い手が売り手よりも強い、と思い込まれている証左だと思っています。だって自社の社員に給料を振り込むときは手数料を差し引かないんでしょう?なるほど、毎月末にこちらから交通費を払って集金に行くことを考えれば、買い手の方から振り込むんだから手数料を差し引くのは当たり前という方もいるかも知れませんが、それは前時代的ですよね。中には、お客さんのミスで100万円を送るところ80万円しか送ってこなかったとき、80万円からも、数日遅れでいただいた20万円からも両方振込手数料を差し引いてきた、というケースもありました。

なーに、振込手数料ぐらいにそんなにとんがることないじゃん、という方もいるかも知れませんね。お宅の会社も取引先への支払から手数料を差し引けば行って来いでしょ、こういうことを「天下の廻りもの」って言うんじゃないの?と。

でもね、当時私は一人で会社を切り盛りしていましたので会計帳簿入力も自分でしていました。そうすると「売上100万円」で入力して、その次に「支払手数料770円」と入力しなければならない。そして会社によって差しいてくる手数料はまちまち(私の経験では最低21円から880円まで10段階ぐらいあります)なので、いちいち電卓で計算して入力しなければならない。3倍時間がかかります。こちらからの支払の場合も手数料を差し引けば同じように入力に時間がかかります。今や弊社でもこれが毎月20社も30社もあるのです。ですので、創業以来我が社からの支払いは一切振込手数料を差し引きません。「当然の習慣」よりも「帳簿入力の時間削減」をとったのです。こちらサイドの時間だけでなく、仕入れ先さんのサイドの作業時間も、です。日本中の会社がこの「当然の習慣」を撤廃したらどれだけの経理事務工数が削減できるでしょうか?

いかに日本のビジネスマンが一方的に「買い手の方が強い」と思いがちであるか、というエピソードをもう一つ。最近、仲良くしてもらっている総合商社の資源を取り扱う幹部からこんな話を聞きました。この空前のEV(電気自動車)需要の爆発的拡大で、電池メーカーも自動車メーカーもリチウムイオン電池の原料確保が重要命題です。水酸化リチウム、コバルト、ニッケル、銅・・・当然総合商社にも旺盛な引き合いがあります。商談に臨むと「この資源不足の世の中であいつら(電池メーカー・自動車メーカー)いまだに数の原理で来る。大量に買うから安くしろ、と。何を言っているんだろ、大量に欲しいなら価格にはプレミアムがつく。資源の世界では常識だよ」

これを単に商社マンのボヤキと切り捨てられないのは、中国など海外のバイヤーはそうしたスタンスではないということなのです。彼らは6ヶ月12ヶ月の長期コミットのPOを出すだけでなく、その期間中に価格が上がってもとりあえず交渉の席にはつく。6ヶ月前のPOの発注価格にこだわらず調達優先で考える言うことです。

もちろんこれには国際相場の上昇などのロジカルな理由が必要ですが、POの発注単価に最後まで拘泥する日本企業にはないフレキシブルなビジネスマインドですね。何より彼の話で私が危機を感じたのは「だったら中国に売りに行く。PO上の発注価格にこだわる日本企業を相手にすることは、その後の相場上昇などのリスクをすべてこっちが引き受けることになるのだから」という発言です。

ガンバレ、ニッポンのビジネスマン。売り手と買い手の立場の強さは需要と供給、局面局面で変わります。当たり前のことです。それでは6ヶ月先の原価計算ができないではないか・・・というのはアナタの仕事を簡単にしておきたいという論理、わがままというものです。仕入れ先とのフラットな関係を築く第一歩として、来月から振込手数料を差し引くのをやめてみませんか?(了)



老いた電池売りの独白」...フューロジック代表・田中景が、日米で40年近く電池の営業をしてきて思う、電池の現在過去未来、営業とは、国際感覚とは、そして経営とは、、を綴った新連載です。

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