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4月, 2025の投稿を表示しています

ブログ移転のお知らせ

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エピソード060 <四十肩は飛ばない>

 ある年齢以上の方はイントロがなっただけで歌うことができる、ご存じ「巨人の星」のテーマソング・・・ジャーン、ジャカジャッカジャーン・・・♪思い込んだら試練の道を 行くが男のど根性・・・懐かしいですよね。私も子供のころ毎週欠かさず見ていました。   あるとき、ネットをザッピングしていたら「ぎなた読み」という言葉が出てきたので、何だろ、と読み進めると、本来は「弁慶が、なぎなたを持って」とすべき文章の読点の位置を間違えて「弁慶がな、ぎなたを持って」としてしまい・・・と説明されています。 そんなバカな話が・・・と思ってさらに読み進めると「例」として・・・テニス場などで使用する「整地ローラー」が最近「コンダラ」という俗称で呼ばれているのは、1968年放送開始の「巨人の星」の特訓シーンで、 飛雄馬少年が整地ローラーを引いているのを見た視聴者が「思い込んだら」を「重いコンダラ」と「ぎなた読み」したことが起源・・・とあります。ナニ、コンダラ?  それで、さらにコンダラでググってみると、なんとなんとWikipediaでもWeblio辞書でもちゃんと掲載されている。もう日本語として認知されているんですよ。驚きました。でも・・・もしテニス場に行く機会があっても「すみませーん、コンダラ借りていいですか」とは、私は言えないかなあ・・・  コンダラほど完成度が高い話ではありませんが、私は「寡黙(かもく)」という言葉の意味が通じなくて、会話が成立しない現場を目撃したことがあります。場所は新大久保のお蕎麦屋さん。ここのおかみさんはがらっぱちだけど世話好きで、その日もお客さんの中年女性のお悩みを聞いてあげていました。   「・・・そうなの、アンタも苦労が多いねえ」「でしょう?私本当にアタマにきちゃって」「でも、そういう時、アンタの旦那さんは何も言ってくれないの?」「うちのはダメ。本当に寡黙だけだから」「あらあ、じゃ、ゲッスイキンは何をしているの?」   こういう話はいっぱいありますが、向田邦子にかかると人生のありふれた覚え違いにも突然セピア色のライトが当たります。彼女の随筆「夜中の薔薇」もシューベルトの歌曲の歌詞「・・・野中の薔薇」を長い間「夜中」と聞き違えていた、というお話で「童は見たり夜中の薔薇」という歌詞は、昔風の広い家で、 夜中にトイレに起きた子供が自分の寝室に戻る途中、子供が見てはいけない...

エピソード059 <な形容詞>

   「て形(てけい)」という言葉、聞いたことありますか?私も知りませんでしたが、外国人が日本語を勉強するときに教科書の中で使われている文法用語なのだそうです。ほかにも「連濁(れんだく)」「な形容詞・い形容詞」など、外国人に日本語を習得してもらおうとする現場では、私たち日本人が聞いたこともないような言葉が飛び交っているようで・・・  まず「て形」ですが、動詞の活用の一種で「教えます」「食べます」が「教え て (ください)」「食べ て (ほしい)」のように変化することとのこと。つまり「ます」をとって「て」をつければいい・・・なのに「行きます」は「行きて」とはならずに「行って」となるから、法則として理解することが難しい。これが日本語学習のごく初期に出てくると聞くと、「これがごく初期?」と聞き返したくなります。隣のコンビニのロンちゃんや居酒屋の謝さんたちもこんな勉強をして日本語を習得してくれたのか。すごいなあ・・・  そんなため息をついている暇もなく、次は「連濁」ですって・・・サクラやキクは葉桜(ハ ザ クラ)や春菊(シュン ギ ク)のように頭に何かがにくっつくと「サ」「キ」に濁点がつく。でも冬のツバキはカンツバキで濁点がつかない。麻婆豆腐はドウフだけど麻婆春雨はバルサメにはならない。マツタケやシイタケは濁らないのにマコモダケやキヌガサダケは濁るし・・・「どうしてですか?あなた日本人でしょう?教えてください」と外国人の方に迫られたら、走って逃げたくなるのは私だけではないでしょう。(※1)  日本に住んでいる外国人の皆さんがこのように日本語と格闘していることを思えば、ちょっとした間違いで笑ったりできません。「きれい」は「な」をつけられるから「な形容詞」で「美しい」はつけられない「い形容詞」・・・外国人に「これ、美しいな花ですね」と言われて、どのぐらいの日本人が「『美しい』は『い形容詞』だから『な』はいらないですよ」とアドバイスできるか・・・多分、限りなくゼロに近いと思います。(※2)  少子高齢化が進み、日本の人口は激減します。1970年代には200万人以上産まれていた赤ちゃんが昨年は70万人。仮に、今後も出生数70万人がずっと続いて全員100歳まで生きた(あり得ないけど)としても100年後の人口は7000万人。実際はその半分ぐらいになっちゃうでしょうから、経済規模...